☆


「ここ……かな」

 途中で路線を乗り換えて、一時間ほど電車に揺られたところで私は目的の駅についた。

 高級住宅街と呼ばれる地域の一角に、その家はあった。立派な表札には流麗な文字で『上坂』と書いてあるから、ここなんだろうけど……

 見上げるその家は、周りの家と比べても一回りほど広々とした見事な豪邸だった。門からこっそりとのぞいてみるけど、中に人の気配はない。


 どうしよう。

 ここまで来てはみたけれど、さて、こんにちは、とお邪魔するのもなにか変な……あ、それに私、人んちにくるのに手ぶらだ。

 もう一度上坂に電話してみるも、相変わらず電源は入っていない。

 出直そうかな……

 弱気になった時だった。いきなり、門がひとりでに開き始める。


 ぎょ、として振り向くと、いつの間にか背後に一台の車が停車していた。どうやら、この家に入るらしい。

 あわてて脇にどく。と、案の定その車は門の中に入っていった。敷地内に入ると一旦止まって、運転席から男性が一人降りてくる。

「何か、ご用ですか?」

「あ、いえ、その……」

「おや?」

 うろたえる私に、その男性がいぶかしげな声を出した。

「あなたは……」

「……あ」

 じ、とまっすぐに見てくるその顔に見覚えがある。

 以前、上坂に声をかけてきたお父様の秘書という人だ。


「こんにちは」

 私は、ぺこりと頭を下げた。

「あの、用というほどのことでもないんですけど……上坂君と連絡がとれないので、どうしたのかな、と思いまして……」

 その男性(確か、松井さんって言ったっけ)は、しばらく私を見ていたあと、口の端をあげて笑みを作った。




「何も蓮様を誘わなくても、あなたのように綺麗な方なら遊ぶ相手には不自由しないんじゃないですか?」

「……は?」

「それとも、目当ては蓮様のお金といったとこでしょうか。蓮様は気前がいいですからね。他のお友達は、いつもの店ですか? どうせみんなで、大きな財布が来るのを待っているんでしょう」

 あまりの言われように、か、と頬が熱くなる。 

「お金なんて関係ありません! 上坂と先週から連絡がとれなくて……もしかして何かあったのかと心配してきてみただけです!」

 怒る私をその男性は、じ、と見ていた。

「上坂は、元気なんですか?! それだけ聞いたら、ここで失礼します! ご迷惑はおかけしません!」

 噛みつくように言った私に、その男性は表情を緩めた。さっきみたいなバカにした笑い方じゃない。

「申し訳ありません」

 その男性は、やわらかい笑顔で私に近づいて来る。


「あなたの本心を確かめるためとはいえ、失礼な真似をいたしました。お許しください」

「あの……?」

「あなたの心配は、蓮様のことなのですね。どうやら、いつもの浮ついたお友達とは違うようだ」

 言われて気付いた。

 この人……わざと、私を怒らせたんだ。


「私を、試したんですか?」

「その人の本性を知るには、怒らせてみるのが一番手っ取り早いですから」

 言いながらその男性は、一枚の名刺を渡してくれる。

「上坂議員の第一秘書で、松井と申します」

「鷹ノ森高校三年の、梶原美希です」

「どうぞ、お入りください」

 松井さんは、私を家に入るように促す。

「いえ! あの、あれが生きてるかどうかだけわかれば……」

「とりあえず、生きてはおります。ですが、私の方でも、あなたに少しお願いしたいことがございますので」

「はあ……」

 なんだかよくわからないまま、私は上坂の家にお邪魔することになってしまった。