「あいつらだって学校行ったら真面目な優等生だ。お互いそれは、わかってた。学校や家で吐き出せない分、集まった時にはバカばっかりやってる」

「はあ……」

「俺の周りにいるのは、そんな風に薄っぺらいヤツばかりだった。男も、女も。だから、美希ちゃんみたいな彼女がいる蓮が、少し羨ましい」

「私……ですか?」

 いきなり、なんで私がそこに出てくるの? つながりが、よくわからない。


「それほど君と話したことがあるわけじゃないけど……蓮が君を好きになった理由は、なんとなくわかる気がするよ」

「そんなんじゃ、ないんです」

 私は、半分ほどになったグラスに視線を落とす。

「上坂にとっては、私も必要な人間じゃないんです」

「でも……」

「もう一週間近く、上坂からはなんの連絡もありません」

「え? メールとか、ガン無視?」

「してないです。メールもラインも、電話も」

「なんで?」

「別に……用もないですし」

「喧嘩でもしたの? 学校で会っても無視、とか」

「そもそも、会っていないです。学校にも来ていないから」

「どういうこと?」

 岡崎さんが、椅子に座りなおして身を乗り出す。

 からからとストローを意味もなくかき回しながら、私は、先週病院から帰っていった上坂と、それ以降の音沙汰がないことを話した。


「うーん……本人に何かあったんなら俺の耳にも入るだろうから、無事ではいると思うけど、何やってんだろうな」

 岡崎さんは、首を傾げながら考えている。

「そうなんですか?」

「うん。俺んち、爺ちゃん世代からずっと、上坂家の主治医みたいことやってんだよね。だから、蓮が病気やけがをしたってんなら、まず俺が知らないってことはないと思う。多分、姿を見せないのは蓮の意思じゃないかな」

 無事、という言葉に、少しだけ安堵を覚える。


「それなら……やっぱり上坂は、もう別の女を見つけて、私のことなんか思い出しもしないんですよ」

「そう思い込んで、あんなに落ち込んでたんだ」

「落ち込んでなんて……」

 岡崎さんは、自分のスマホを取り出すと何やら打ち始めた。

「もともと蓮って、すぐに返信が返ってくるようなやつじゃないんだよ。ラインしても、既読になるのが次の日とか、しょっちゅう。それでも、さすがに一週間無視されるなんてことはなかったなあ」

 ふと思いついたように顔をあげると、岡崎さんは席を立って私のとなりに並んだ。 

 え?

「はい美希ちゃん、笑って」

 そして私の肩を抱くと、スマホをこちらに向ける。ちろりん、と軽い音がした。



「それ、まさか……」

「そう。蓮に送ってやるの」

 きししと笑いながら、岡崎さんはぽんとスマホの画面を押した。

「さて、蓮のヤツ、どう出るかな」

「私が誰と一緒にいようと、あいつは気にしませんよ」

 ずずーっと、残りのアイスオレを一気に吸い上げる。

「だったら、俺が美希ちゃんをもらっちゃってもいいよね」

「それで一週間たったらさよならですか」

「それはつきあってみなけりゃわからない。でも」

 岡崎さんは、目を細めて私を見た。

「君は、そんな簡単に放り出せるような人じゃない気がする」

「恨まれそうですか?」

「え、そういう人なの? 君」

「どうでしょう。そんなことに労力をかけるくらいなら、過去問の一つも解いていた方が有意義だとは思います」

「ドライだね。……じゃなくて、放り出せなくなるのは、きっと俺の方だよ」

 意味がつかめずに、じ、と岡崎さんを見る。彼は、くく、と笑った。



「美希ちゃん、スマホ持ってる?」

「りんごですけど」

「ちょっと貸して」

 私が携帯を渡すと、岡崎さんは何やら操作した。と、岡崎さんのスマホが鳴る。

「美希ちゃんの番号ゲット。俺の番号も登録しとくね」

「勝手に何やってんですか」

「蓮のことで何かわかったら連絡するからさ」

 屈託なく笑うその顔に、上坂の顔が重なった。岡崎さんの言う通り、仲いいんだろうな。すごく雰囲気が似てる。

 でも、この人は上坂じゃない。

 結局それから一時間しても、岡崎さんのメッセージは既読にはならなかった。