「美希って、もしかしてネガティブな性格?」

「分相応って言葉を知っているだけよ」

「じゃ、さ」

 上坂は、私の正面に立つと、まっすぐに私の顔を見つめた。

「俺たち、一緒にいたらちょうどいいじゃん。俺、すっごいポジティブな人だから!」

「どうやらそのようね」

 もともと軽い奴だとは思っていたけど、今日話してみてその確信をさらに深めたわ。

 そんな私の思考に気づくはずもなく、上坂はうきうきと続けた。

「でしょ? ね、つきあっていいってことは、俺たちもう恋人同士だよね。今度はキスしても頭突きしない?」

「好きでもない人と、キスなんてするもんじゃないわ」

「俺、美希の事好きだよ?」

「好きって言葉も、そんな軽々しく言うものじゃない」

「好゛~ぎ~」

「重々しく言ってもだめ」

 言いながら、ついに私も笑いだしてしまった。ああ言えばこう言う……ホント、懲りない奴。

「なんだ、やっぱり笑えばかわいいじゃん」

「お世辞言っても、何も出ないわよ。あんたこそ、少しはその緩い顔、引き締めたら?」

「だって、こんなにかわいい彼女ができたら、嬉しくて笑えちゃうでしょ?」

 社交辞令だとわかっていても、かわいいなんて言われるとそれなりに気分は浮かれてしまう。

 でも。

「約束。つきあうのは一週間だけよ」

「一週間? せめて一ヶ月くらいはつきあおうよ」

「そんなに時間はいらないと思うけど」

「でもほら、短すぎてもわからないだろうから。……あの月が、もう一度丸くなるまで」

 言いながら上坂が指さした先を見れば、そこには中空に昇ろうとするまんまるな月があった。

「あの月が細くなってまた丸くなるまで。それまで、俺の彼女でいて」

 私は、数度目を瞬いた。

「……上坂にしては、気の利いた誘い文句だわね」

 チャラい男は苦手だけど、その言い回しは気に入ったわ。

「じゃ、よろしくね、美希」

「よろしく、上坂」

「美希も名前で呼んでよ」

 不満そうなその顔を、じ、と見つめる。上坂は、くりん、と目を丸くして待っている。

「うちここだから。送ってくれてありがと」

 上坂が、やれやれ、といった感じで溜息をついた。

「ぎゅ、とかしちゃ、だめ?」

「人んちの前で何ばかなこと言ってんのよ」

「残念。ね、明日明後日は暇?」

「明日は予備校。明後日は本、読んでる」

 ふふ、と上坂が笑った。微かな月の光に照らされたその笑顔は、昼間の学校で見る笑顔と違って、やけに妖艶に見えた。

「週末は天気いいんだって。だから明後日の日曜日、デートしようよ」

「ずいぶん急なお誘いね」

「今のところ一ヶ月しか時間がないんだから、そりゃ、急ぐって」

「……わかった」

「やりい♪ じゃ、明後日迎えに来る。またね」

「送ってくれて、ありがと」

 上坂は、ひらひら長い指を振りながら、来た道を軽やかに戻っていった。月明かりに照らされたその後ろ姿が角を曲がって見えなくなるまで、私はその背中を見送っていた。