「さすがの俺も、こんな時に笑えない」

「こんな時だから、笑うんじゃない。ほら、私、大丈夫だったでしょ?」

「美希……」

「上坂のせいじゃない」

 私は、もう一度言った。


「条件付きだろうとなんだろうと、上坂の彼女でいることを選んだのは、私だもん。謝らないで。私の選択を、上坂が否定しないで」

「……うん」

 ようやく、上坂は微笑みらしきものを作ってくれた。そうして、私の手を自分の頬に沿えると、自嘲するようにため息を漏らす。


「美希は、強いな」

「そう?」

「うん。強いし……俺より、よっぽどでかい」

「強いはともかく、でかいってなによ」

「負けた、ってことだよ」

「あら、私、勝ったの? やったね」

 ふたりでくすくすと笑っていると、カーテンをあけてママが顔を出した。


「美希、具合どう?」

 上坂が、あわてて手を離して立ち上がる。

「今は平気。どうだった?」

「ん、どこも異常なしよ。でも、まだ頭を打って半日経ってないから、大事をとってこのまま一晩入院することになったわ。今病室を用意しているから、もう少しここで待っていて」

「入院? やだなあ」

「寝てるだけであっという間に一晩くらいたっちゃうわよ。ここ、ご飯美味しいのよ?」

「はあい。先生は?」

「学校への報告書を持って、丸山先生と原先生は帰られたわ。お二人とも心配なさってたから、学校行ったら経過報告がてら保健室にも顔を出してね」

「うん」 

 それからママは、気をつけの姿勢で立っていた上坂に向き直った。


「上坂君? 君も、今日はありがとうね」

「あ、俺……」

「ありがと、上坂」

 上坂が何か言うより前に、私は言葉を被せた。

「たまたま保健室にいたからって、丸山先生に手伝わされることになったのは運が悪かったわね。もう大丈夫だから。遅くまでつきあわせて、ごめんね」

 まくし立てるように言った私を、上坂は目を見開いて見ていた。そして、きつく唇を引き結ぶと、失礼します、と一度頭をさげて出て行った。


「いいの?」

「何が?」

 上坂の帰った後姿を見送って、ママが言った。

「あの子、美希の彼氏じゃないの?」

「違うわよ。たまたま、保健室にいただけ。あんななりしてお人よしだから、か弱い女子をほっておけなかったみたい。それだけ」

 私は、そう言うと、もう一度目を閉じた。

 ごめんね、上坂。でも、上坂が彼氏なのは……私が彼女でいられるのは、今だけだから。そんな機会ないだろうけど、もし万が一この先ママが上坂と会うことがあっても……その時の私たちは、もう、他人だから。

 転んだせいかな。あちこちが……痛い。


  ☆


「美希、入るよ」

 次の日。昼前に退院した私が自宅の部屋で寝ていると、学校終わった冴子がお見舞いに来てくれた。


「頭、大丈夫?」

「まだ少し痛むけど、大丈夫」

「ワタシ、ダレダカワカリマスカ?」

「鷹高クールビューティーで英語教師と付き合っている小野冴子さんです」

「あんたそれ、人前で言ったら息の根とめるわよ」

 涼しい顔で言って、冴子はベッドの近くに座り込んだ。私が起きようとすると、わずかに顔をしかめる。


「起きて平気?」

「うん。検査結果もなんともなかったし、大事を取っていただけだもん。明日は、学校行くよ」

「さすがに、青石さんたちもこりただろうから、もう手出しするようなことはないと思うよ」

 冗談のつもりだったんだろうなあ。私は、軽く笑ってみせる。

「そうよね。向こうもびっくりしたでしょうし、せいぜい次はまた靴を隠すくらいよ。それより、気を失うって、あんな感じなのね。めったにない経験をしたわ」

「ばか。下手すれば命にかかわるとこだったんだから。……じゃなくて、上坂が」

「上坂? どうかしたの?」