「もし、上坂が本気だったら、あんたどうする?」
ポールからネットを外していると、冴子がぼそりと言った。
「ないって、そんなこと」
「あいつ、うまそうだし、初めてでも痛くないかもよ?」
「そういう問題? 私は、誰でもいいわけじゃないわよ」
笑いながら、外れかけたネットをまとめるために歩き出した時だった。
「美希!!」
「え? ……きゃ!」
冴子の切羽詰まった声が聞こえた瞬間、何かを踏んでしまってバランスを崩す。仰向けに倒れていく私の上に、太いポールが迫ってくるのがスローモーションのように目に入った。
あー、私の持ってたネットに引っ張られちゃったんだー……
あとで考えれば、そっちじゃなくて、まずは床に手をつけばよかったんだ。けれどその時の私は、目の前に迫ってくるそれを受け止めようと手を伸ばしてしまった。次の瞬間、後頭部に強い衝撃をうけて、そのあとのことは、憶えていない。
☆
目を開けたら、世界が白かった。
「美希?」
ぼんやりとした白い視界の中に、笑っていない上坂がいた。そんな表情の上坂は……ああ、そうだ。東京タワーで、見たことあるなあ。学校では見たことない。
ということは、これあの時の夢なのかなあ。
「気がついた? 頭、痛くない?」
「……頭?」
「お前、思い切り頭打ったんだよ。それでそのまま気を失って……」
「お弁当……」
「は?」
「お弁当、食べてて……」
「美希?」
不審そうな上坂の声が、ずいぶん遠くで聞こえる。
ふわふわと……なんだか、みんな遠い。
「上坂が、ぐちゃぐちゃになったお弁当、食べたいって言ってくれて……」
「……うん」
「卵焼き美味しいって、言ってくれて……」
「うん」
「そんな風に褒められたのが、初めてで……」
「うん」
「……私、多分、嬉しかったの……」
「……うん」
なんだか笑うのに失敗したような顔の上坂。きれいだなあ、なんてぼんやり考えていたら、その手が、私の額にそっと触れた。
途端に、激しく頭が痛んで、反射的に身体を丸める。
「いたたたたたた!」
「美希?!」
痛みで、はっきりと目が覚めた。
顔をあげると、焦ったような顔の上坂が私を覗き込んでいる。
「俺のこと、わかるか?」
「あれ? 上坂? なんでここに……ここは?」
私は、ベッドに寝ていた。匂いからして、私がいるのは多分、保健室。
「起きた?」
カーテンを開けて、養護の丸山先生が顔を出した。声で丸山先生だ、ってことがわかったけど、ぼんやりと白い塊が見えるだけ。
あ、私、めがねかけてない。
「せんせー、頭、痛いぃ……」
うう、がんがんとひどく頭痛がする。
あー……そうだ。
バレーの片付けしてて、こけて……なんかあちこちに衝撃をうけて……あのまま、気絶しちゃったのか。
だからだろう。私は、運動着のままベッドに寝ていた。
「バレーのボールに足を取られて転んで、後頭部をひどく打ち付けたのよ。一時的に失神してたみたいだけど、気分はどう?」
「痛いです」
「生きてる証拠ね。一応、これから病院に行って検査してもらうわ。起きられる?」
「病院……そんなにひどいんですか?」
「打ったのが頭だから、念のため調べてもらいましょう。今度から転ぶときは、まず頭をかばいなさい。おかげで鼻は大丈夫だったみたいだけど。あなた、ポールを抱きしめて倒れてたらしいわよ」
「私……受験、もうだめかも……」
「それを調べに行くんでしょ。起きる時は、無理しないようにゆっくりとね。眩暈がしたり吐き気がしたら、無理して動かないように」
「はい……」
「先生、俺も一緒に行っていい?」
私が身体を起こすのを手伝ってくれながら、上坂が言った。めがねを渡してくれて、ようやくあたりがはっきりと見える。
ポールからネットを外していると、冴子がぼそりと言った。
「ないって、そんなこと」
「あいつ、うまそうだし、初めてでも痛くないかもよ?」
「そういう問題? 私は、誰でもいいわけじゃないわよ」
笑いながら、外れかけたネットをまとめるために歩き出した時だった。
「美希!!」
「え? ……きゃ!」
冴子の切羽詰まった声が聞こえた瞬間、何かを踏んでしまってバランスを崩す。仰向けに倒れていく私の上に、太いポールが迫ってくるのがスローモーションのように目に入った。
あー、私の持ってたネットに引っ張られちゃったんだー……
あとで考えれば、そっちじゃなくて、まずは床に手をつけばよかったんだ。けれどその時の私は、目の前に迫ってくるそれを受け止めようと手を伸ばしてしまった。次の瞬間、後頭部に強い衝撃をうけて、そのあとのことは、憶えていない。
☆
目を開けたら、世界が白かった。
「美希?」
ぼんやりとした白い視界の中に、笑っていない上坂がいた。そんな表情の上坂は……ああ、そうだ。東京タワーで、見たことあるなあ。学校では見たことない。
ということは、これあの時の夢なのかなあ。
「気がついた? 頭、痛くない?」
「……頭?」
「お前、思い切り頭打ったんだよ。それでそのまま気を失って……」
「お弁当……」
「は?」
「お弁当、食べてて……」
「美希?」
不審そうな上坂の声が、ずいぶん遠くで聞こえる。
ふわふわと……なんだか、みんな遠い。
「上坂が、ぐちゃぐちゃになったお弁当、食べたいって言ってくれて……」
「……うん」
「卵焼き美味しいって、言ってくれて……」
「うん」
「そんな風に褒められたのが、初めてで……」
「うん」
「……私、多分、嬉しかったの……」
「……うん」
なんだか笑うのに失敗したような顔の上坂。きれいだなあ、なんてぼんやり考えていたら、その手が、私の額にそっと触れた。
途端に、激しく頭が痛んで、反射的に身体を丸める。
「いたたたたたた!」
「美希?!」
痛みで、はっきりと目が覚めた。
顔をあげると、焦ったような顔の上坂が私を覗き込んでいる。
「俺のこと、わかるか?」
「あれ? 上坂? なんでここに……ここは?」
私は、ベッドに寝ていた。匂いからして、私がいるのは多分、保健室。
「起きた?」
カーテンを開けて、養護の丸山先生が顔を出した。声で丸山先生だ、ってことがわかったけど、ぼんやりと白い塊が見えるだけ。
あ、私、めがねかけてない。
「せんせー、頭、痛いぃ……」
うう、がんがんとひどく頭痛がする。
あー……そうだ。
バレーの片付けしてて、こけて……なんかあちこちに衝撃をうけて……あのまま、気絶しちゃったのか。
だからだろう。私は、運動着のままベッドに寝ていた。
「バレーのボールに足を取られて転んで、後頭部をひどく打ち付けたのよ。一時的に失神してたみたいだけど、気分はどう?」
「痛いです」
「生きてる証拠ね。一応、これから病院に行って検査してもらうわ。起きられる?」
「病院……そんなにひどいんですか?」
「打ったのが頭だから、念のため調べてもらいましょう。今度から転ぶときは、まず頭をかばいなさい。おかげで鼻は大丈夫だったみたいだけど。あなた、ポールを抱きしめて倒れてたらしいわよ」
「私……受験、もうだめかも……」
「それを調べに行くんでしょ。起きる時は、無理しないようにゆっくりとね。眩暈がしたり吐き気がしたら、無理して動かないように」
「はい……」
「先生、俺も一緒に行っていい?」
私が身体を起こすのを手伝ってくれながら、上坂が言った。めがねを渡してくれて、ようやくあたりがはっきりと見える。