「必要があれば、きっと上坂が話してくれます。そうでなければ、私には必要のない話なのでしょう。どちらにしても、面白おかしく他人から聞かされる話ではないと思います」

 岡崎さんは、笑みの消えた顔で私を見下ろしている。

 と。


 バンッ!!



 急に大きな音がして、私はびくりと肩をすくめた。岡崎さんと二人で音のした方を振り向くと、ガラスの壁の向こうに、なぜか息を切らした上坂が立っている。どうやら、今の音は上坂が思い切りそのガラスを叩いた音らしかった。


「上坂? どうしたの?」

 入口を回って中に入ってきた上坂は、ぜいぜいと息を整える。

「そろそろ終わる頃だと思って迎えに来たけど……圭?」

「よ。昨日ぶり」

「なんでお前がここにいるんだよ」

「美希ちゃんと一緒に、模試受けてたんだよ。俺たち、同じ予備校だったらしい」

 妙ににやにやしながら言った岡崎さんにへえ、とだけ答えると、上坂は不機嫌そうに私の手を取った。

「帰るよ、美希」

「おいおい、俺も今、彼女を誘っていたんだけど?」

「言っただろ。コイツはだめ」

「蓮も一緒でいいよ。せっかく模試も終わったんだし、これからどっかで遊ばない?」

「美希は、そういう女じゃないから」

「だから、俺と一緒にいるのを見て、あわてて走ってきた?」

 え?

 私は、暗くなった外に視線を向けた。


 私たちがいたのは、一階のロビー。ガラス張りだから、外からは話している私たちの姿が丸見えになっていただろう。

 走ってきたから、息切らしていたんだ。でも……なんで?

「とにかく」

 上坂は、きつい視線で岡崎さんを見返した。


「絶対、コイツには手を出すな」

「蓮、本気なんだ?」

 岡崎さんは、平然と上坂の視線を受け止めている。

「でもさあ、そんなつまんなそうな子、蓮のタイプじゃないだろ。俺はどっちかって言うと、こないだの、真奈美だっけ? ああいう甘え上手な……」

「余計な口出すなよ」

 岡崎さんの言葉を途中で止めると、上坂は、じゃあな、と言って私を連れて歩き始めた。

「またね、美希ちゃん」

 笑顔で手をふる岡崎さんに、私は軽く会釈を返す。不機嫌な上坂と違って、岡崎さんは楽しそうな顔で私たちを見送っていた。


「ねえ」

「ん?」

「なんで青石さんと別れちゃったの?」

 上坂に握られたままの私の手を見ながら、聞いてみる。

「なに、急に?」

「だって、岡崎さんも言ってたじゃない。どう見たって、私って上坂のタイプじゃないもの。青石さんの方が上坂の雰囲気に合ってるし……私よりよっぽどお似合いだと思うの」

 自分で言うのもなんだけど、もし、私と青石さん、どっちが上坂に似合っているかと聞かれたら、迷わずに青石さんって答える。


「……似合っていたからだよ」

「は?」

「今の俺に似合っていたから、ダメだった。だから、逆に美希は……似合わなくて、ヤバイ……」

「なによ、それ」

「それより」

 くるり、と上坂が振り向く。なんだか、怒っているような顔。


「また一緒になっても、あれには気をつけろよ?」

「あれ?」

「圭だよ。岡崎圭介」

「ああ、岡崎さん。なんで?」

「あれは、危険な男だ。あんな顔して、手あたり次第女に手を出すやつだぞ? 遊びだとお互い承知の上なら口出すことじゃないけど……お前はそういうことする女じゃないだろ? だから、うっかり気を許すんじゃないぞ」

「その基準で気を付けろっていうなら、今私の手を引っ張っている男が一番危険な男だけど」

「俺はいいんだよ。美希の彼氏だから」

「彼氏と危険な男が同じ属性ね。私って、そんなに軽く見られてたんだ」

 からかうように言ったら、上坂が無言になった。そのまま、じ、と私の顔を見つめている。

「上坂?」

 怒ったのかな?


 けれどしばらくそうしていたあと、上坂は、目をそらして思い切り大きなため息をついた。

「どうしたのよ?」

「…………………………何でもない」

 そうして私の方を向かないまま私の手を取ると、今度はがっちりと指を絡めてつないだ。

「遅いし、送るよ」

「? うん」

 なんだろう。

 めずらしく無口な上坂と、私は駅へと向かった。