「彼女たち、置いてきちゃって。私、睨まれてましたけど」

「気にしなくてもいいよ。どうせ学校行けば嫌でも顔合わせるし。梶原さんと話せる機会の方が、貴重。前から美人だな、と思って気になっていたんだよね」

「私、パンダと同じ扱いですか」

 淡々と言ったら、一瞬だけ岡崎さんは目を丸くして、それから笑い出した。


「蓮の相手にしちゃ珍しいタイプだと思ったけど、なるほど、こういう人なんだ」

「まあ、上坂と釣り合うタイプじゃないです」

「それ、自分で言っちゃう? 君、蓮の彼女じゃないの?」

「一応、今のとこは彼女らしいです」

「いやに不確定な要素ばかり並んだ関係だね」

「そうですね」

 岡崎さんは、目を細めてくすくすと笑っている。私たちは、エレベーターを使わずに階段を下りた。さっきの女子達と鉢合わせして、ぎすぎすと睨まれるのは避けたい。同じように思ったのか、岡崎さんも何も言わずに一緒に階段を下り始めた。


「あの教室で模試受けてたってことは、君も理系?」

「薬学部志望なんです」

「薬剤師? 実家が、医者とか」

「そうではないですけど……母が看護師なんです」

「ふうん。うち、実家が総合病院でさ、俺、医大目指しているんだ」

「お医者さんですか。大変ですね」

 階段を下りながら適当に相槌を打ったら、岡崎さんは苦笑した。


「梶原さんさ」

「はい」

「もっとこう……俺とお近づきになりたい、とか思わない?」

「はい? 何でです?」

「だって、これだけのイケメンだよ? それで一流高校を出て医者志望の病院跡取りとか言ったら、たいていの女の子は俺に興味を持ってくれるんだけど」

「それは失礼しました。きゃあ素敵、とか言った方がよかったですか?」

 ついに岡崎さんは吹き出してしまった。


「ホント、梶原さんておもしろい……蓮が気に入るのわかるなあ。そんなに蓮の事好きなの?」

「なんでそうなるんですか?」

「だって、心が動かないほど好きな男がいるから、俺に興味がないんだろ?」

「たいした自信ですね」

「それだけの努力をしていると自負しているからね」

「口だけじゃないところは、嫌いじゃないです」

 模試、朝から全部受けてたみたいだし、この人もセンター受けるんだろう。試験が終わって余裕な顔していられるのは、よほど出来がよかったか、結果なんてどうでもいいかのどちらかだ。ひやかしで受けてるんじゃないんだったら、きっと前者だろう。

 あと、きっとこの人も上坂と同じで、自分が女性を引き付ける魅力があるって自覚している人だ。学校と遊びをきっちり使い分けることができるあたり、人生失敗しないタイプ。


 とん、と最後の階段をリズミカルに降りると、岡崎さんは私の行く先を遮るように目の前に立った。あらためて同じフロアに立つと、上坂と同じくらい背が高い。

「この後、時間ある?」

「お茶しない? とかいう使い古されたセリフを吐いたらバカにしますよ?」

「今日の試験の解答と問題の傾向について、ぜひ君と議論をしたいんだけど」

「……」

 それは、少し心惹かれるお誘いだった。さっきの数2の問いで、一つだけ気になる問題があったし。

 でも。


「それに、蓮の話、聞きたくない?」

「上坂の?」

「俺、結構蓮とはつきあい長いんだ。家同士のつきあいがあってね。いわゆる、幼なじみってやつ。彼女なら知ってるだろ? あいつの家の事。だからあいつ、高校入るまでは俺と同じで、一応優等生で通ってた。その分、裏では……そんな話、聞きたくない?」

「すごく、興味あります」

「なら……」

「でも、それはあなたから聞くべき話ではありません」

 私が言うと、岡崎さんは軽く目を見開いた。