長い髪がケンジさんの手でふわふわに変わっていく。
その様子を興味深く見ていると、私の後ろで上坂も真剣にその手つきを見つめているのに気づいた。鏡越しだったけど、その眼は、私が思っているように何をしているか興味津々、という視線とはちょっと違うような気がした。
それはケンジさんに言わせれば、『真面目』な視線だ。
上坂?
「ん、こんなもんかしら。一応、傷まないようにコーティングはしてあるからね。じゃ、次。美希ちゃん、めがね取ってくれる?」
「めがね、ですか?」
よくわからないながらも、めがねをはずしてケンジさんに渡す。めがねを取ると、とたんに視界がぼんやりとしか見えなくなった。
「目、悪いの?」
「両目とも、〇・一なんです」
「あら、アタシと同じくらいなのね。コンタクトは? これ、便利よ?」
「一回試したんですけど……」
高校に入った時に、一度コンタクトを使ってみようと思ったことがある。けれど、検査の時に試してみたら痛くて痛くてどうしても入れられず、結局、止めてしまった。
あとで聞いたら、初めて使うならハードレンズよりソフトレンズの方がよかったらしい。手入れが楽なのを、と言ったらハードを勧められたのだけど、あんなに痛いものだとは思わなかった。一週間ほどで慣れるらしいけど、無理。あれは、無理。めがねで十分。
「めがねもかわいいけどね。ちょっと、動かすわよ」
座っていた椅子がくるりと後ろを向いて、なにやらむにむにと顔をいじられ始めた。
「もしかして、メイクとかします?」
「少しだけね」
「あの、私がメイクなんて、似合わないです」
「そんなことないわよ」
「でも……」
「心配しないで、アタシにまかせときなさい」
手を止めようとしないケンジさんに、抵抗することをあきらめる。
「……上坂、そこにいるの?」
「ん? いるよ。なに、心細いの? なんだったら、手、握っていてあげようか」
「絶対いらない。……あっち行っててよ。あんまり、見ないで」
むにむにされてるとことか目を閉じてるとことか……気にしすぎかもしれないけど、なんとなく、恥ずかしい。
そこで上坂は黙ってしまった。めがねをかけてないから、上坂がどんな顔をしているのは見えない。
「上坂?」
「ああ……うん。じゃ、見えないように後ろにいる。だから、ここにいてもいい?」
「いいけど」
がたり、と上坂が立ち上がって、私の背後へと回った気配がした。くすくすとケンジさんが笑うのが聞こえる。
「美希ちゃん、化粧品でアレルギー起こしたことある?」
「少なくとも今まではありません。というより、メイク自体、したことがないので」
「エクセレント! 美希ちゃんの肌なら、メイクなんて必要ないわ」
「十代でメイクなんて、そもそも必要ないのでは?」
「そうね。こんなに綺麗な肌を持っていたらそう思うかもしれないけど」
言いながら、ケンジさんの細い指が、私の顔をなぞっていく。
「例えば、ニキビの痕が残ってしまったり、細い目とか丸い鼻とかが気に入らない女の子。そんな子が顔を上げるには、少しのメイクが必要になることもあるのよ」
「え……?」
「そういうのは、大人になった女性がもっと綺麗になるためのメイクとは違って……いわば、笑顔になるためのおまじない、ってとこかしら。気になっていたニキビ跡をファンデで隠してようやく笑えるようになる子もいるの。それでその子が幸せになれるんなら、メイクってとても素敵なことじゃない?」
ああ、そうか。
高校生がメイクなんて、って思ってたけど、そういうメイクもあるんだ。
「……すみません。傲慢でした」
その様子を興味深く見ていると、私の後ろで上坂も真剣にその手つきを見つめているのに気づいた。鏡越しだったけど、その眼は、私が思っているように何をしているか興味津々、という視線とはちょっと違うような気がした。
それはケンジさんに言わせれば、『真面目』な視線だ。
上坂?
「ん、こんなもんかしら。一応、傷まないようにコーティングはしてあるからね。じゃ、次。美希ちゃん、めがね取ってくれる?」
「めがね、ですか?」
よくわからないながらも、めがねをはずしてケンジさんに渡す。めがねを取ると、とたんに視界がぼんやりとしか見えなくなった。
「目、悪いの?」
「両目とも、〇・一なんです」
「あら、アタシと同じくらいなのね。コンタクトは? これ、便利よ?」
「一回試したんですけど……」
高校に入った時に、一度コンタクトを使ってみようと思ったことがある。けれど、検査の時に試してみたら痛くて痛くてどうしても入れられず、結局、止めてしまった。
あとで聞いたら、初めて使うならハードレンズよりソフトレンズの方がよかったらしい。手入れが楽なのを、と言ったらハードを勧められたのだけど、あんなに痛いものだとは思わなかった。一週間ほどで慣れるらしいけど、無理。あれは、無理。めがねで十分。
「めがねもかわいいけどね。ちょっと、動かすわよ」
座っていた椅子がくるりと後ろを向いて、なにやらむにむにと顔をいじられ始めた。
「もしかして、メイクとかします?」
「少しだけね」
「あの、私がメイクなんて、似合わないです」
「そんなことないわよ」
「でも……」
「心配しないで、アタシにまかせときなさい」
手を止めようとしないケンジさんに、抵抗することをあきらめる。
「……上坂、そこにいるの?」
「ん? いるよ。なに、心細いの? なんだったら、手、握っていてあげようか」
「絶対いらない。……あっち行っててよ。あんまり、見ないで」
むにむにされてるとことか目を閉じてるとことか……気にしすぎかもしれないけど、なんとなく、恥ずかしい。
そこで上坂は黙ってしまった。めがねをかけてないから、上坂がどんな顔をしているのは見えない。
「上坂?」
「ああ……うん。じゃ、見えないように後ろにいる。だから、ここにいてもいい?」
「いいけど」
がたり、と上坂が立ち上がって、私の背後へと回った気配がした。くすくすとケンジさんが笑うのが聞こえる。
「美希ちゃん、化粧品でアレルギー起こしたことある?」
「少なくとも今まではありません。というより、メイク自体、したことがないので」
「エクセレント! 美希ちゃんの肌なら、メイクなんて必要ないわ」
「十代でメイクなんて、そもそも必要ないのでは?」
「そうね。こんなに綺麗な肌を持っていたらそう思うかもしれないけど」
言いながら、ケンジさんの細い指が、私の顔をなぞっていく。
「例えば、ニキビの痕が残ってしまったり、細い目とか丸い鼻とかが気に入らない女の子。そんな子が顔を上げるには、少しのメイクが必要になることもあるのよ」
「え……?」
「そういうのは、大人になった女性がもっと綺麗になるためのメイクとは違って……いわば、笑顔になるためのおまじない、ってとこかしら。気になっていたニキビ跡をファンデで隠してようやく笑えるようになる子もいるの。それでその子が幸せになれるんなら、メイクってとても素敵なことじゃない?」
ああ、そうか。
高校生がメイクなんて、って思ってたけど、そういうメイクもあるんだ。
「……すみません。傲慢でした」