「そうでしょうか」

「そうよ。だって、真面目って、相手に対して真剣、ってことでしょ」

 鏡越しにケンジさんに視線を向けると、それに気づいたケンジさんが目を合わせてにっこりと笑った。




「ほら、今どきの子って、なんにでも適当な子が多いじゃない。今だけ、自分だけが楽しければいい、って刹那的な風潮があるし。ちょっとめんどくさくなるとすぐ投げ出すし、何事も上っ面しか見ないのよね。アタシが真面目って言ったのは、そのいい加減さがないのかしら、ってことよ、美希ちゃんて、そういう人たちから浮いていそう。アタシは好きだけどね」

 まあ、浮いているのは確かだけど……この人は、それを好きって言ってくれる人なんだ。

 少しだけ緊張が解ける。そんな私の髪をいくつかに束ねたケンジさんは、腰のバッグからハサミを取り出した。




「髪、切るんですか?」

「毛先をそろえるだけよ。ずいぶん、美容院にも行ってないでしょ。伸ばしてるの?」

「そういうわけじゃないんで、短くしてもかまわないです」

 しゃれっ気のない私が髪を伸ばしているのは、ただ美容院に行くのが面倒なだけだ。長くしていれば、どんなに髪がまとまらなくても、最終手段として一つに結わえるだけでいい。髪は、短いほうが手がかかる。




 ケンジさんは肩のあたりで私の髪をそろえて、鏡の中を覗き込んだ。

「そうねえ……短いのも大人っぽいわね。うーん、悩むとこだけど、せっかくきれいなんですもの。このままの長さを生かしましょう」

 しゃきしゃきと、リズミカルな気持ちいい音が響く。なんとなくその手つきを見ていて、この人上手い人なんだなあ、と思った。




 以前一度行った美容院で、踊るようにはさみをやたら振り回して髪を切る美容師さんに当たったことがある。おそらくパフォーマンス的な目的だったのだろうけど、目の前で凶器となるハサミを振り回されるのは、かなりの恐怖だった。でもケンジさんの切り方は、意図したものなのかそうでないのか、視界にハサミがあまり入ってこない。丁寧に髪を触ってくれる手つきが、心地いい。




「美希ちゃんみたいな子がまだいるなら、最近の若いコも捨てたもんじゃないわよね」

「若いコ……ケンジさんって、いくつなんですか?」

「やあねえ、アタシに歳を聞くなんてヤ・ボ」

 ……このノリ、上坂にめっちゃ似てる。

「蓮があなたを気に入るのも、わかるわあ。ほら、ああ見えて蓮も真面目だから……」

「ええっ?! あれがですか?」

「あまり内面をみせないからね、あの子。でもね……」

「ちょっと、ケンジさん?」 

 と、ちょうどドアが開いて、上坂が顔を出した。




「何、話してんですか」

「いいことしか話してないわよ」

「そうは聞こえないですけど?」

「気のせい、気のせい」

 言いながら、髪をそろえ終えたケンジさんは、ムースらしきものを髪にわしわしと塗りたくる。上坂は、椅子を一つ引っ張ってきて私の後ろに陣取った。




「余計なこと言わないでくださいよ」

「あら、ここへ連れてきたってことは、多少のことは覚悟してんでしょう?」

「そうですけどさあ……」

「ありえない褒め言葉を聞いたわ」

 ため息をつきながら言ったら、ぬ、と上坂が後ろから顔を出した。

「なになに、俺がかっこいいって? 色気を感じるって? 素敵だって?」

「ちょっと、蓮! アイロンの前に顔出さないでよ。こげても知らないわよ」

「ああ、すんません」

 のんきに謝って上坂は顔をひっこめた。

「まったくもう。あら、美希ちゃん、熱い? 顔が赤いわ」

「いえ、大丈夫です……」

「熱かったら言ってね」

 そう言うとケンジさんは、またブロックに分けた私の髪をくるくると巻き始めた。