「ごめん、ちゃんと家まで送るから」

「上坂こそ、電車通学でしょ。駅はすぐそこよ」

「いいって。そしたら、もう少し梶原さんと一緒にいられるし」

 にっこりと言って、私に向かって手を出す。

「何?」

「ん、持つよ。そっちのバッグ」

 上坂は、通学カバンとは別にある私のバッグを指した。

「自分で持つわ」

 そう言ってバッグを手にすると、上坂はどうしたことか、目を丸くして動きを止める。

「上坂?」

「や……遠慮すんなって。うわ、重。何入ってんのこれ」

 私の手からバッグを取り上げた上坂は、おそらく想像以上だっただろうそのバッグの重さに、わざとらしく姿勢をくずす。柔らかい髪が、私の鼻先をくすぐった。

「……だからいいって言ったのに。図書館の本が、三冊。それと、辞書」

「うええ、辞書、持って帰ってんの……なんで本が三冊も?」

「週末読もうと思って、まとめて借りてきたの」

 空になったカップを二つゴミ箱に捨てると上坂は、バックを取り返すことをあきらめた私と並んで歩き始めた。

 外はすっかり暗くなっていた。学校まで戻る道を、私たちは並んで歩きはじめる。

「何借りてきたの?」

「世界名作全集」 

 それを聞くと、上坂は思い切り顔をしかめた。

「全集かよ。どーりで重いわけだ」

「昼に上坂に声かけられなきゃ、二冊で済んだのに」

「ああ、あの時読んでたの、これか。全集……好きな作家、とかじゃなくて? 何かの課題?」

「完全に趣味よ。何でもいいの、字が書いてあれば」

「字が、ねえ。面白い?」

「いろいろ知ることは、面白いじゃない」

「それ、趣味?」

 上坂がもの問いたげな視線を送ってくる。

「一般的な趣味でないことは認めるけど、人の興味はそれぞれでしょ。私は、知ることが面白いの」

「知ること?」

「そう。どう言えばいいのかな……世の中には私の知らないことはたくさんあって……それを知ることで、私の世界は広がるの。だからとりあえずは、知らない本を読んでみて、やったことのないことはやってみて。そうやって知らない世界を知ることが、とても面白いのよ」

「へー……梶原さんって、そういう人だったんだ。ただ、頭がいいだけじゃないんだね」

 上坂が目を丸くした。

 ……これは、バカにされてるのか感心されているのか。

「それほど頭がいいつもりもないわ。ただ、必要だから勉強してるだけ。そっちの相談ならいつでも乗るわよ」

「いざとなったら、ぜひお願いします」

 神妙な顔で私を拝み始めた上坂に、少しだけ頬が緩む。

「あ、笑った。梶原さんでも、笑うんだね」

「人をなんだと思ってるのよ。私だって、楽しきゃ笑うわよ」

「いや、鷹高クールビューティーの笑ったとこなんて、そうそう見られないから」

「鷹高……何?」

「知らないの?」

 目を丸くした私に、上坂は面白そうに続けた。

「梶原さんと、小野さん。二人合わせて鷹高クールビューティーの双璧って呼ばれてんだけど」

「はあああ?」

 私と冴子? 確かに、冴子は知的な美人だからそう言われるのもわかるけど、私は……