「いいっていいって。美希が喜んでくれたら、それだけで俺、嬉しいし」

 ぎこちなく笑いながら、上坂が軽く言った。その様子に、さっきから抱いていたもやもやがさらに強くなる。

 そうね。こんな高級レストランでツケで食事できちゃう上坂にとっては、ほんの軽い気持ちのつもりかもしれないけど。


「……喜ばない」

「は?」

「こんな高いものもらっても、私は、嬉しくない」

「美希……?」

 いぶかしげな顔になった上坂に構わず、私は強い……きつい調子で続けた。


「普段の私が買えるようなものじゃないものをもらっても、全然嬉しくない。もらう理由だってないし」

「理由なんて……俺、美希の彼氏だよ? それで十分だろ」

「なら余計に。彼氏とか彼女だったら、こんな風に一方的な関係じゃなくて、ちゃんと対等の関係でいたいよ。私、こんなことされても、上坂に何も返せない」

「返すとか返さないとかじゃなくて、ただ喜んでくれたらいいんだよ」


 最初わけのわからないといった顔だった上坂は、話しているうちに、だんだんと不機嫌な顔になっていく。それはわかるんだけど、こっちも、かみ合わない上坂の言葉が苛立たしい。

「俺がしたいからそうするだけだ。返すとか、必要ない」

「そんなの、私は嫌よ。与えるだけ与えて自分だけ満足されたって、私の気持ちはどうなるの?」

「飯食って幸せで……なんで、それじゃいけないんだよ」

「だったらやっぱりちゃんとお昼代も払うわ。そんな風に押し付けられた幸せなんて、全然嬉しくない!」

「なんで怒ってんだよ。なんで、喜んでくれないんだよ。だったら、美希はどうしたら笑ってくれるんだよ!」

「笑うなんて……上坂がいてくれたら、私それでだけで笑っているじゃない!」

「は?」

 それまで明らかに怒っていた上坂が、きょとんとした顔になる。



「鉄仮面とか呼ばれてばかにされてる私が、あんたの前じゃ悔しいけれど笑っちゃっているでしょ? 一緒にお弁当食べて、私、ちゃんと笑っているじゃない」

「美希……」

「一緒にいて、同じものを見て、同じことで笑って……もし私が上坂の本当の彼女だったら、同じ時間とか経験を共有することが、一番嬉しい」

「……」

「きっと彼氏からだったら、何もらっても嬉しい。けれどそれは、等身大の私に似合わないほどのお金をかけてまでって意味じゃないの。何もらっても嬉しいけど、何ももらえなくてもいいの。ものじゃなくて……ものや身体じゃなくて、私は上坂と心でつながりたい。それが私の嬉しいってことなの!」

 あ然としていた上坂が、しばらくして耳まで赤くなった。


 え? 

 その姿に、無意識に出てしまった自分の言葉を改めて思い返す。

 わ、私、何か今すごい大胆なことを……!


「違っ……あのっ、だからっ……!」

 しどろもどろになった私に、赤くなったままの上坂が口を開きかけた時だった。


「蓮様?」

 急に、背後から声をかけられて上坂の顔がこわばった。振り向くと、スーツを着た真面目そうな男性が立っている。

「こんなところで痴話げんかですか。少しは対面というものをお考えになったらいかがです?」

 言葉は疑問形だけど、責めるようなその口調に私まで体がこわばる。

 誰?


「……松井さんには関係ないだろ。なんでこんなとこにいるんだよ」

 上坂の口から出たのは、初めて聞く冷たい口調だった。

「それこそ、あなたには関係のない話です」

「どうせまた、接待にでも明け暮れてんだろ」

「大切なことです。蓮様も、いい加減、お父様のお立場も考えてください。そうやって乱れた生活をしていると、いつかご自分にも……」

 お父様?