「さて」

 授業の道具をしまって私はため息をつくと、ランチバックとカバンを手に立ち上がった。


 三日間の中間考査も今日で終りだ。

 試験中は午前だけだから、いつもはこれで帰宅となる。なのに、お昼にお弁当が食べたいと上坂がだだをこねたために、今日の午後は用がないというのに私はお弁当持ちだった。教室の中には、午後から練習のあるクラブの人たちがめいめいお昼を広げ始めている。


 上坂にお弁当を作ってくるのはもう仕方ないとあきらめるけど、毎日お昼に迎えに来られるのはホント勘弁してほしい。そのたびに、クラスの女子から突き刺さるような視線を受ける私の身にもなりやがれ。

 なので、学習した私はなるべくさっさと屋上に行くようにしている。


「彼氏とうきうきランチなんだから、もっと楽しそうにしたら?」

「無表情でうきうきとか口にするあんたに言われたくないわ」

 帰り支度をしている冴子に減らず口を返す。


 冴子とて、私と同じで、別に無表情を貫いているわけじゃない。楽しければ笑うし、冗談も言う。感情が顔に出にくいだけだ。クールビューティーか。うまいことを言うなあ。

 ……彼氏といる時って、どんな顔してるんだろう。先週、小早川先生のことを報告された時には無表情でのろけるという荒業を目にしたけれど、デレた冴子はまだ見たことがない。卒業したら、小早川先生に詳しく聞いてみよう。


「早くいかないと、また彼氏がお迎えに来ちゃうわよ」

「そうだ、急がなきゃ。じゃ、私、行くわ」

「また、明日」

 冴子に手を振りながら、急いで後ろのドアを通ろうとした時だった。

「うおっ!」

「きゃ!」

 教室を出ようとした私の前に、何か大きなものがぶつかってきて、私はその場にしりもちをついてしまった。


「ごめんっ、梶原。大丈夫か?」

 ぶつかってきたのは、柔道部の島田君だった。あわてて私が起きるのに手を貸してくれる。それから島田君は、廊下の端まで転がっていった私のランチバックを拾い上げてくれた。島田君の持っていた購買のパンとおにぎりも一緒に。

「ごめん、これ……」

「いいよ。ありがと」

 すまなそうな顔をした島田君から、ランチバックを受け取る。

 派手に転がっちゃったからなあ。これ、中身は……


「あらあ、大変ね」

 弾んだ声に顔をあげれば、廊下の窓際に立っていたのは青石さんと玉木さんだった。楽しそうな態度を隠そうともしない。

「せっかくのお弁当、もう食べられないわね」

「ざあんねん。せっかく媚び媚びで作ってきた乙女弁当だったのにねえ」

 島田君が、顔を真っ赤にして彼女たちを睨む。

「お前らかよ、今、足ひっかけたの!」

 え?

「なんのこと? 島田君が前見てなかったから、いけないんじゃない?」

 それに対して島田君は口をつぐんでしまったから、前方不注意だったのも本当だろう。二人から顔を背けて私にごめん、と繰り返すと、島田君はそそくさと教室へと入っていった。