「一度、そういう雰囲気になったときに、なんで何もしないのか聞いてみたんだけどね……したら、『まだだめ』って」
「冴子がまだ生徒だから、ってことだよね。ちゃんとけじめは守る人なんだ、先生」
「そうなのかなあ」
冴子が小さくため息をついた。
そっか。いきなりホテル誘われるのも驚くけど、誘われないのもそれはそれで悩みになるのか。
「美希に話そうと思って機会をうかがってたのよ。けど、改めて話すのも、きっかけがつかめなくて」
そう言った冴子の、表情はかわらないけど、これきっと、照れてる。なんだかその姿が可愛くなって、つい笑いが漏れた。ぐっちょんぐっちょんと気持ち悪い靴の感触も、今だけは忘れられる。
「詳しく聞かせてよ。どこいく? 『ライムレンジ』?」
「『珈琲村』のチーズケーキがいい。今日は、おごる。口止め料」
「やった♪」
冴子とは、お互い竹を割ったような性格が似ていて、高校に入ってすぐ仲良くなった。そんな冴子もいつの間にか、恋をしてたのね。しかも相手が教師とは。
好きな人と想いが通じるって、どんな気持ちなんだろう。
さっぱりした顔の冴子と並んで、私は駅へと向かった。
☆
「ふう……」
シャーペンを置いて、いすにのけぞるように背を預ける。天井を仰ぎ見ながら思いっきり伸びをすると、ぼきぼきと背筋が伸びる音が聞こえたような気がした。
うー、こった。
壁にかけてある時計に目を走らせると、ちょうど短針と長針の針が、一番上で重なり合うところだった。深夜、寝静まっている家の中は、しん、と静かだ。
眠気覚ましにコーヒーでも入れてこようと、立ち上がった時だった。急に机の上の携帯が鳴ってびくりと飛び上がる。
こんな時間に、誰?
携帯を取り上げてみると、電話してきたのは上坂。
「もしもし?」
『起きてた?』
「うん。どうしたの、こんな時間に」
『月が、綺麗だよ』
「月?」
いきなり何を言い出すの、こいつは。
『ちょうど東の空に昇ってくるところだからさ、綺麗な下弦の月が』
ぶ。
上坂の口からそんな言葉が出るのが意外で、思わず吹き出してしまった。
「あんたって、そんな人だったの?」
夜中にわざわざ月が綺麗だと電話をかけてくるような。
言いながら、私はカーテンをあけて空を見上げる。今夜は蒸し暑く、エアコンのない私の部屋の窓は開けっぱなしだった。網戸を開けて少し身を乗り出すと、半分の形になった月が東の空に浮いていた。
「ホント。綺麗な月」
なんとなく、今日は素直な気持ちでそんな言葉が出た。
昨日、さんざん冴子ののろけを聞いたからかな。普段色気とは関係なく生きている私も、夜中に彼氏(仮)から月が綺麗だなんて電話をもらったら、なんだか少しだけ、気分がピンク色になる。
「冴子がまだ生徒だから、ってことだよね。ちゃんとけじめは守る人なんだ、先生」
「そうなのかなあ」
冴子が小さくため息をついた。
そっか。いきなりホテル誘われるのも驚くけど、誘われないのもそれはそれで悩みになるのか。
「美希に話そうと思って機会をうかがってたのよ。けど、改めて話すのも、きっかけがつかめなくて」
そう言った冴子の、表情はかわらないけど、これきっと、照れてる。なんだかその姿が可愛くなって、つい笑いが漏れた。ぐっちょんぐっちょんと気持ち悪い靴の感触も、今だけは忘れられる。
「詳しく聞かせてよ。どこいく? 『ライムレンジ』?」
「『珈琲村』のチーズケーキがいい。今日は、おごる。口止め料」
「やった♪」
冴子とは、お互い竹を割ったような性格が似ていて、高校に入ってすぐ仲良くなった。そんな冴子もいつの間にか、恋をしてたのね。しかも相手が教師とは。
好きな人と想いが通じるって、どんな気持ちなんだろう。
さっぱりした顔の冴子と並んで、私は駅へと向かった。
☆
「ふう……」
シャーペンを置いて、いすにのけぞるように背を預ける。天井を仰ぎ見ながら思いっきり伸びをすると、ぼきぼきと背筋が伸びる音が聞こえたような気がした。
うー、こった。
壁にかけてある時計に目を走らせると、ちょうど短針と長針の針が、一番上で重なり合うところだった。深夜、寝静まっている家の中は、しん、と静かだ。
眠気覚ましにコーヒーでも入れてこようと、立ち上がった時だった。急に机の上の携帯が鳴ってびくりと飛び上がる。
こんな時間に、誰?
携帯を取り上げてみると、電話してきたのは上坂。
「もしもし?」
『起きてた?』
「うん。どうしたの、こんな時間に」
『月が、綺麗だよ』
「月?」
いきなり何を言い出すの、こいつは。
『ちょうど東の空に昇ってくるところだからさ、綺麗な下弦の月が』
ぶ。
上坂の口からそんな言葉が出るのが意外で、思わず吹き出してしまった。
「あんたって、そんな人だったの?」
夜中にわざわざ月が綺麗だと電話をかけてくるような。
言いながら、私はカーテンをあけて空を見上げる。今夜は蒸し暑く、エアコンのない私の部屋の窓は開けっぱなしだった。網戸を開けて少し身を乗り出すと、半分の形になった月が東の空に浮いていた。
「ホント。綺麗な月」
なんとなく、今日は素直な気持ちでそんな言葉が出た。
昨日、さんざん冴子ののろけを聞いたからかな。普段色気とは関係なく生きている私も、夜中に彼氏(仮)から月が綺麗だなんて電話をもらったら、なんだか少しだけ、気分がピンク色になる。