「用意するものなんてないよ。梶原さんだけいてくれれば」

「はあ」

「じゃ、放課後迎えに来るから。一緒に帰ろ。またね」

 そう言って、まだ楽しそうに笑いながら手を振って帰っていった。

 わからんやつだな。

「お前、蓮と知り合い?」

 様子を見ていたらしい仁田が、後ろから聞いてきた。

「ううん」

「じゃ、なんで告られてんの?」

「は?」

 予想外の言葉に、思わずその顔を見返す。

「何言ってんの?」

「え? 今、お前告られてたんじゃないの?」

「そんなわけないでしょ。何聞いてたのよ」

「お前こそ、何言ってんだよ。デートの約束してただろう?」

「ご期待に沿えなくて申し訳ないけど、勘違いもいいとこだわ」

 すると、なぜか仁田はにやにやと笑いながら言った。

「まあ、そうだろうな。お前みたいな真面目ながり勉、蓮には似合わないしなあ」

 悪気はなさそうな言い方だったけど、無意識に渋面になる。

 確かに、私と上坂じゃ、あまりにも世界が違いすぎる。常に彼女はとっかえひっかえ、風紀ぎりぎりまで制服を着崩して、休日平日を問わず渋谷あたりでよく見かけるという噂を持つような男と、よりによって私が接点を持つとは思っていなかった。

「……それはその通りだけど、真面目なつもりもがり勉なつもりもないから、正面切って言われるとむかつくわ」

「わりいわりい」

 全然悪いとは思っていなそうな顔で、仁田が一つに縛った私の長い髪を引っ張る。

「ま、あいつが我に返ってお前がフラれたら、俺が慰めてやるからさ」

「必要ないわよ」

 べい、とその手を払って、私は自分の席に戻る。それを待っていたように、午後の授業が始まる予鈴がなった。

 ああ、これ、全部読んじゃいたかったのに。金曜日はただでさえ持って帰るものが多くて嫌だから、せめてこの本くらいは返して帰りたかった。

 大きく息を吐いて、私はさっきまで読んでいた本をバックの中にしまった。

  ☆

「だからさ、俺の彼女になって、ってこと」

「………………は?」

 思わず、持っていたカップを落としそうになった。

 二人でコーヒーを買って席について、しばらく雑談なんかしたところで、こいつはとんでもない爆弾発言を落としてくれた。

「……寝言?」

「ちゃんと起きてるってば。梶原さん、彼氏とかいるの?」

「いないけど」

「じゃ、いいじゃん。ね、俺とつきあってよ」

 つきあってって……ホントに、そういう意味だったのか。

「あんたさ、うちの学年じゃ一番モテるんでしょ?」

「ちっちっち」

 わざとらしく人差し指を私の目の前で揺らして、上坂は言った。

「うちの学年じゃなくて、うちの学校で一番モテるの」

「なら、わざわざ私なんかとつきあわなくたって、他にいくらでも可愛い子がいるじゃない」

「梶原さんも、十分可愛いよ?」

「用事がそれだけなら、私、もう帰るから」

 私は、飲み終わったカップを持つと席を立った。あわてて上坂も立ち上がる。

「送るよ。梶原さん、家、どこなの?」

「川中町」

「え? じゃ、駅と反対方向じゃん」

 そうよ。あんたが相談があるなんて言うから、わざわざ家と反対方向の駅まで出張ってきたのよ。

 そうは思うけど、それを口に出すほど性格は悪くない。