「ただのバカップルののろけ話にしか聞こえないわね」

「私も、これが他人事だったら同じ感想を持つと思うわ」

「実際、どうなのよ。バカップル」

「どうって言われても……何の色気もないわよ、私たちじゃ」

「手、出されたりしない?」

「どうやら上坂は身体目当てみたいだから出したいらしいけど、断固拒否」

「したいと思う?」

 私は、やけに食い下がってくる冴子を振り向いた。冴子は、思いがけず真面目な顔をしている。からかっているのかとも思ったけど、なんとなくそんな雰囲気じゃない。


「上坂と?」

「他の誰かでもいいけど」

 冴子の言葉に、私はしばらく考えこむ。

「もし本当に好きな人なら、多分、自然とそうなるんだろうと思うけど……冴子?」

「やっぱり、そうだよね」

 足元を見ながら冴子は飄々とした顔で言ったけど、その顔には何か悩むような色がにじんでいた。


「冴子、最近好きな人でもできた?」

 私が聞くと、冴子は私に視線を戻して、ふ、と微笑んだ。これ、肯定されているよね。

「誰?」

「聞きたい?」

 こくこく、と頷く。私の知る限り、冴子に好きな人とか彼氏がいたことはない。

 美人だからか交際を申し込まれることは多いけど、私の知る限りはみんな断っていた。試しに一人くらいつきあってみればいいのにと言ってみたこともあるけど、興味がないとあっさりと答えられた。その冴子が好きになった人って、すっごい気になる。


「小早川弘」

「小早川……」

 うちのクラスにはいないよね。別のクラスか、もしか年下……あれ?

「小早川……って、まさか……小早川先生?!」

「ふふ」

「えっ!? でも、先生だよ!?」

 小早川弘。うちの英語教師で、確かまだ三十にはなっていない独身男性。女子に騒がれるほどではないけれど、誰にでも好かれるおっとりとした優しい先生だ。


「本気?」

「うん。実はもう、つきあってんの」

「ええええええええ?」

 驚いて私は、冴子の顔をまじまじと見る。そんな私の視線を、冴子は愉快そうに受け止めた。

「卒業するまでは絶対に秘密って条件で、押し切った」

「冴子から?」

「いいじゃない? あの、いじめて感。年上なのに、かわいいよね」

 ふふふふ、と冴子が怪しげに笑う。うわ、めっちゃ楽しそうな顔。


「いつから?」

「二年の秋ぐらいからちょっとごちゃごちゃしてて、正式に彼女って認めてくれたのは三年になってから」

「言ってくれればよかったのに」

「美希には、ちゃんと付き合い始めてから報告しようと思ってたの。なのに、あっちが思ったより抵抗するものだから意外に時間かかっちゃって」

 小早川先生、押しが弱そうだしなあ……押し切られたのかあ……


「もしかして、冴子……もう?」

 言外に、さっきの話の含みをもたせる。だから、私と上坂のことも気にしてたのね。

 すると冴子は、不満そうに目を細めた。

「ううん、まだキスもしてない。普通男って、好きな女には、手、出したくなるもんじゃないのかなあ」

「それは人それぞれだと思うけど……小早川先生ってそんながっついたタイプにも見えないし」