「……一体、何考えてんのよ」
答えを期待しない問いを呟いて、私は空を見上げた。
いい天気。あたたかい陽気は、日差しの下なら汗ばむほど。屋上の隅っこ、入口から死角になる日陰のここは、人の気配はしても誰も視界には入ってこない。
そういえば、こんな風にのんびりと空を見上げるなんて久しぶりだなあ。この体勢に慣れるまでは、緊張して空を見る余裕なんてなかったし。一週間で慣れてしまった自分も怖いけど。
雲がゆっくり動いていく。少しずつ、形を変えて。
カオス理論、って以前見た昔の映画の中で、数学論者がそんなようなこと言ってたっけ。
雲ができる原理はわかっているのに、次にどんな形の雲になるかは予測ができないって話。そこに確かにあるのに、先がわからない……
私は、規則正しい上坂の寝息に誘われるように、目を閉じた。
☆
その日の帰り。
下駄箱のふたをあけた私は、眉をしかめる。
「どうしたの?」
冴子が、同じようにローファーを取り出しながら聞いた。無言のままの私の下駄箱を、ひょい、と覗き込む。
「靴は?」
「どこいったのかしらね」
ため息をつきながら、私はふたを閉める。
「ずいぶん、古典的な嫌がらせね」
「古典的だけど、地味に効くわ。これじゃ、帰れないじゃない」
私は、しょうがなしあたりを探し始める。冴子も一緒に探してくれた。しばらくして私のローファーは、掃除用具入れのバケツの中からびしょ濡れになって見つかった。
「どうする?」
「履いて帰るわよ。切られたりしてないから、乾かせばまだ使えないことはないし」
この間、物理のノートをびりびりにされた時の方が、ダメージは大きかった。四月からの授業がすべてぱーになっちゃったんだもの。幸い、冴子にノートを借りてもう一度作りなおしたら、内容がばっちりと頭に入って結果オーライだったけど。教科書や筆記用具が隠されるなんて、最近はしょっちゅう。たいていはどっかから見つかるから、それほど気にしてはいない。どうせあと少しだし。
できるだけ中の水を払って靴に足を突っ込んだけど、ぐちゃりとした感触が気持ち悪い。歩くと後ろに水の跡が残るあたり……カタツムリか、私は。
「今日は帰ろうか?」
今日は久しぶりに一人で帰ることになったので、いろいろ話したいこともあるし、冴子と駅前でお茶することにしたのだ。
「ううん、行く。こんなことで私の予定を変えるのもむかつくから」
「美希って、そういうとこ頑固というか負けず嫌いよね。で?」
「最悪な履き心地ね。それは、認めるわ」
「じゃなくて。お昼の話よ。何してたの」
冴子が何のことを言ってるのかに気が付くと、とたんに嫌な汗がでた。
「……寝てた」
駅までの道を並んで歩く。ぐっちょんぐっちょんと、晴れた天気に似合わないBGMを引きずりながら。
「寝た。まあ。学校の屋上で?」
「変な想像しないでよ。言葉通り、本当に眠ってただけだから」
穏やかな日差しと上坂の規則正しい寝息に眠気を誘われて、うっかり閉じた目をもう一度開いた時には、すでに六限が終わりかけていた。
「しかもあいつ……起こしもしないでずっと人の顔見てて……」
は、と気づくと、目の前ににこにこした上坂の顔があった。
いつの間に入れ替わったものか、私は上坂の膝枕で眠っていたのだ。叫び声をあげて飛び起きた私に、上坂はすでに六限も始まってしまっていることを笑いながら告げたのだった。
頭にきた私は、今日は冴子と帰るから、と上坂を屋上に置いてきた。
答えを期待しない問いを呟いて、私は空を見上げた。
いい天気。あたたかい陽気は、日差しの下なら汗ばむほど。屋上の隅っこ、入口から死角になる日陰のここは、人の気配はしても誰も視界には入ってこない。
そういえば、こんな風にのんびりと空を見上げるなんて久しぶりだなあ。この体勢に慣れるまでは、緊張して空を見る余裕なんてなかったし。一週間で慣れてしまった自分も怖いけど。
雲がゆっくり動いていく。少しずつ、形を変えて。
カオス理論、って以前見た昔の映画の中で、数学論者がそんなようなこと言ってたっけ。
雲ができる原理はわかっているのに、次にどんな形の雲になるかは予測ができないって話。そこに確かにあるのに、先がわからない……
私は、規則正しい上坂の寝息に誘われるように、目を閉じた。
☆
その日の帰り。
下駄箱のふたをあけた私は、眉をしかめる。
「どうしたの?」
冴子が、同じようにローファーを取り出しながら聞いた。無言のままの私の下駄箱を、ひょい、と覗き込む。
「靴は?」
「どこいったのかしらね」
ため息をつきながら、私はふたを閉める。
「ずいぶん、古典的な嫌がらせね」
「古典的だけど、地味に効くわ。これじゃ、帰れないじゃない」
私は、しょうがなしあたりを探し始める。冴子も一緒に探してくれた。しばらくして私のローファーは、掃除用具入れのバケツの中からびしょ濡れになって見つかった。
「どうする?」
「履いて帰るわよ。切られたりしてないから、乾かせばまだ使えないことはないし」
この間、物理のノートをびりびりにされた時の方が、ダメージは大きかった。四月からの授業がすべてぱーになっちゃったんだもの。幸い、冴子にノートを借りてもう一度作りなおしたら、内容がばっちりと頭に入って結果オーライだったけど。教科書や筆記用具が隠されるなんて、最近はしょっちゅう。たいていはどっかから見つかるから、それほど気にしてはいない。どうせあと少しだし。
できるだけ中の水を払って靴に足を突っ込んだけど、ぐちゃりとした感触が気持ち悪い。歩くと後ろに水の跡が残るあたり……カタツムリか、私は。
「今日は帰ろうか?」
今日は久しぶりに一人で帰ることになったので、いろいろ話したいこともあるし、冴子と駅前でお茶することにしたのだ。
「ううん、行く。こんなことで私の予定を変えるのもむかつくから」
「美希って、そういうとこ頑固というか負けず嫌いよね。で?」
「最悪な履き心地ね。それは、認めるわ」
「じゃなくて。お昼の話よ。何してたの」
冴子が何のことを言ってるのかに気が付くと、とたんに嫌な汗がでた。
「……寝てた」
駅までの道を並んで歩く。ぐっちょんぐっちょんと、晴れた天気に似合わないBGMを引きずりながら。
「寝た。まあ。学校の屋上で?」
「変な想像しないでよ。言葉通り、本当に眠ってただけだから」
穏やかな日差しと上坂の規則正しい寝息に眠気を誘われて、うっかり閉じた目をもう一度開いた時には、すでに六限が終わりかけていた。
「しかもあいつ……起こしもしないでずっと人の顔見てて……」
は、と気づくと、目の前ににこにこした上坂の顔があった。
いつの間に入れ替わったものか、私は上坂の膝枕で眠っていたのだ。叫び声をあげて飛び起きた私に、上坂はすでに六限も始まってしまっていることを笑いながら告げたのだった。
頭にきた私は、今日は冴子と帰るから、と上坂を屋上に置いてきた。