色気たっぷりの視線で迫られた迫力に、つい、うなずいてしまった。

「……いいけど」

「わーい、彼女の手作り弁当get~♪」

 はしゃぐ上坂をしり目に、私は再びカツサンドに視線を落とす。

 これ……上坂の食べかけだよね……どうしたものかな……

「食べないの? なら、俺食べちゃうよ?」

「だめ」

 さらに身を乗り出す上坂から、あわててカツサンドを遠ざける。空腹のまま午後の授業を受けることだけは避けたい。

 食事を再開した私は、なるべくカツサンドから意識をはずそうと、話をそらした。


「そんなに欲しければ、上坂が自分で作ってみればいいんだわ」

「何を?」

「お弁当」

「はあ? 何言ってんの? 俺、男だよ?」

「今どき、おかしくないでしょ。男だって、料理くらいできなきゃ。……というのは、うちの方針だけど」

 わずかな沈黙のあと、上坂は戸惑うように言った。

「……でも、男が料理って、変だと思わない?」

「別に? レストランのコックさんなんて、みんな男の人じゃない。まあ、どうしてもやれとは言わないけど、できることは多いほうが人生お得よ? 上坂って手際よさそうだし、やってみたら意外とうまくできるかもね。たとえ下手でも、愛がこもっていればそれなりに美味しいはずだし」

 上坂の、器用そうな長い指。大きな手は、包丁握っても似合いそう。


 飲み終わった牛乳のパックを手にしたまま、上坂は、じ、と私を見ていた。

「何?」

「うん、美希って……」

 上坂がこつんと私の肩に頭を乗せた。

「……上坂?」

 次の言葉を待っていたら、聞こえてきたのは規則正しい寝息だった。

 あら、寝ちゃった。

 私は、そ、とその寝顔を盗み見る。ふわふわした髪の毛が、耳元にくすぐったい。

 カツサンドを食べ終わった私は、予鈴のチャイムが鳴るまでそのままでいた。


  ☆


「どうだった?」

 教室に帰ると、相変わらず淡々とした顔で冴子が聞いてきた。

「どうって」

「彼氏と一緒にらぶらぶランチって、どんな気分?」

「なんかそこ、いろいろつっこみたいんだけど……」

「つっこまれたの?」

「何をよ」

「ナニを」

「ばかおっしゃい」

「冗談はともかく」

 数学の教科書を出しながら、冴子が言った。


「あんたたちが出てった後、やっぱりいろいろ言われてたよ。特に、青石さんたち」

 私は、前の方の席に座る髪の長い女性徒にちらりと視線を送って、深々とため息をついた。


「好き好んで行ったわけじゃないのに、なんでいわれのない恨みまで買わなければならないの……」

「恨みとか妬みとか、そんな感じじゃなかったわよ?」

「え?」

 冴子は、わずかに首を傾げながら言った。

「どちらかというと……バカにするような感じで笑ってた」

「ふーん? まあ、言いたい人には言わせとけばいいわよ。どうせ、一ヶ月もすれば彼氏じゃなくなるんだから」

「は? 何それ」

「だから、期間限定なの。うちら」

「……今日の帰り、詳しく聞かせてくれる?」

「あー……」

 私が微妙な顔になると、冴子はすばやく察してくれた。

「なるほど。今日も一緒に帰るんだ」

「夜、電話する」

「了解」

 そこで本鈴がなって、石原先生がのっそりと入ってきた。相変わらず時間に正確なところは、数学教師らしい。


 前を向いた私の目に入る、上坂に似た栗色の髪。

 そうだよね。やっぱり上坂の隣にいるべきなのは、ああいう子。

 私は、いそいで教科書を取り出した。