「みーきーちゃーん!」

 三限が終わると、教室の後ろ扉から陽気な声が響いた。私は思い切り顔をしかめたまま、嫌々振り返る。

 案の定、そこで手を振っていたのは上坂だった。


「まあ、王子さまのお迎えよ」

 自分のお弁当を手に私の隣にいた冴子が、棒読みで言った。

「かんべんしてよ……何考えてんの、あのバカ」

 授業が終わったばかりで、まだ教室には生徒がうようよいる。そこへあんなふうに呼ばれたら、中にいた生徒はいっせいに振り返るし、その後こっちへ向けられた女子の視線の痛いことったら。

「何も考えてないんじゃない?」

「……それ、激しく同意」

 おーい、おーい、と手を振る上坂をにらみながら席を立つ。


「何か、用?」

「お昼一緒しようって言ったじゃん」

「OKした覚えはないけど?」

「じゃ、OKして?」

 断ろうとした私の頭に、ぽんと何かが置かれた。

「はい、お弁当」

 冴子が乗せたのは、私のランチバックだった。


「ありがと、小野さん。さ、レッツゴー!」

「あ、ちょ、私のお弁当……!」

 上坂は私のランチバックを取り上げると、さっさと歩きだしてしまう。

「冴子……!」

「あんた、この雰囲気の中でもりもりとお弁当食べる食欲、出る?」

 こそりと言った冴子の言葉にあらためて考えるでもなく、なんであんたがと私に突き刺さる女子の視線で、今や私は針の山だ。


「……行ってきます……」

「午後サボるなら、メールして」

「とっとと戻ってくるから!」

 私は冴子を睨みつけると、あきらめて上坂のあとを追った。


  ☆


「美希って弁当なんだ」

 屋上でお弁当を広げると、上坂は興味深そうにのぞき込んできた。そういう上坂は、購買で買ったパンを手にしてる。

 う、いいな、あのカツサンド。

 メンチカツじゃなくて豚ヒレのカツを使ってて、特製ソースで作られている。購買のパンで一番の人気商品で、もたもたしてると手に入らないやつだ。


「あまり、見ないでよ。今日は時間なくて適当につめたから……」

「え? これ、美希が作ったの」

「そうだけど」

「すごいな。美希って、勉強だけじゃなくて、料理もできるんだ」

「できるって程のものじゃないわ。うち、母親が夜勤でいたりいなかったりだから、できる人が家事やることになってるの」


 家事は分担して全員でこなす。

 それは男女関係ない我が家の掟なので(例外:父。理由:母親よりさらに家にいる頻度が少ないためなど)、上の兄二人も料理をはじめ家事全般は普通にこなせるし、小学校六年生になった双子の弟妹も、下手をすると二人で夕飯とか作れてしまう。立派に育ってくれて、お姉ちゃんはとても嬉しい。


 上坂は、パックの牛乳を飲みながら感心したように言った。

「へー、うちの母親なんて、家にいても料理なんてしないなあ」

「え、じゃ、誰がご飯作ってんの?」

「家政婦さん」

 セレブな家だな。

「国会議員の奥様ともなれば、いろいろ忙しいんでしょうね」

 何気なく言った言葉に返事はなく、上坂は私のお弁当を指さした。


「ね、この卵焼き一個もらっていい?」

「……いいけど」

「いただきまーす!」

 上坂はすばやく卵焼きを一つとって、口に入れてしまった。