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「美希、おはよ」

 月曜の朝、家を出るとなんと上坂が待っていた。いつもと変わらない、満面の笑顔で。

「な、なにやってんの?」

 予想外の上坂の行動に、さすがに声が裏返る。


「一緒に学校行こうと思って待ってた」

「そんな約束、してたっけ?」

「してなーい。どう? ドキッとした?」

「ある意味、ドキッとしたわね」

 まさか、昨日あんなふうに別れておいて何事もなかったようにまたやってくるとは思わなかった。一応、連絡先は交換してあったけど、あの後、連絡もなかったし、私からも連絡なんてしなかったし。

 なのに、なんてあっけらかんとした顔で現れるのよ、こいつ。

 朝からものすごい脱力感に襲われる。

 ホント、こいつの神経って、真面目に相手してたらやっていけない……ああもう、悩んで損した。

「やったね、ドッキリ作戦大成功! そのトキメキがいつか恋へと……」

「はいはい」

 浮かれた言葉を軽く流して歩き始めた私の後について、上坂はのんきについてくる。

「ねえ、昨日は美希につきあったんだから、今度の週末は俺の方につきあってくれる?」

「だから、行かないってば」

「あ、違う違う。残念だけど、ホテルはあきらめるよ、今は。だから、普通にデートしよ?」

 私は、隣の上坂を見上げた。今は、って言葉にはひっかかるけど。


「普通に?」

「そう。ね?」

「……わかった。けど、来週は中間考査でしょ? 土日は勉強したいんだけど」

「えー、家にいたって勉強なんかしないよ?」

「成績、落とす気?」

「俺、基本的に頭いいから」

「超むかつく。やっぱデートするの、なし」

「あ、嘘です。勉強します。だから、中間考査終わったらデートしてください」

「しかたないわね」

「やーりぃ」

 ガッツポーズを作った上坂と、学校の門をくぐる。校庭では、運動部がそろそろ朝練を終わる頃だった。

 昇降口は、登校してきた学生たちでざわついていた。上坂に気づいた生徒が、次々に声をかけてくる。主に、女生徒が。

「蓮、おはよ」

「おはよ、玲子」

「蓮ー、おはよ!」

「やっちゃん、おはよー!」

 そうして必ず私に、怪訝そうな一瞥をくれていく。まあ、気持ちはわかるけど。

 私は二組で、上坂が五組。それぞれの下駄箱に別れるところで、上坂が私に言った。

「じゃ、美希、またお昼に!」

「お昼?」

「昼飯、一緒に食べよ。迎えに行くねー!」

「え? ちょ……」

 私が何か言う前に、上坂はあっという間に自分の下駄箱の辺りに見えなくなってしまった。呆然とその後ろ姿を見送ってると、ぽんと、肩を叩かれる。

「デートのお約束?」

 振り返ると、私より少し背の高い女子高生。


「おはよ、冴子」

 私と同じような無表情で立っていたのは、同じクラスの小野冴子。高校からの私の親友だ。

 大人びた美人で、常に冷静な姿勢を崩さない。肩より少し長い髪が、さらりと動いた。


「おはよ。今の、上坂じゃん。金曜、一緒に帰ったんでしょ? ホントにつきあい始めたの?」

「んー……つきあい始めたのは本当だけど、本気じゃないわ」

「なにそれ」

「つまり、なんだかよくわかんないってコト」

 軽く目を見開いた冴子に、私は一つため息をついた。