「……ら、おーい、梶原!」

 自分が呼ばれていることに気づいて、私は没頭していた本の世界から急速に浮上する。

 もうすぐ午後の授業が始まろうとする昼休みの教室は、まだ半分くらいしか生徒がいなかった。

 ずれためがねをかけ直しながら振り向くと、教室の後ろの方から男子が呼んでいる。

「何よ、仁田」

「お前に、客―」

「客?」

 誰だろ。

 仁田の位置からして、どうやら廊下に私を呼びだした奴がいるらしい。

 私は、本にしおりを挟むと立ちあがった。

 ち、クライマックスのいいところだったのに。

「誰?」

 聞いても仁田は素知らぬ顔をして、答えない。教室の中にいる女子達も、やけにこちらを気にしてソワソワしてる。不思議に思いながら廊下を覗くと、そこに立っていたのは背の高い男子生徒だった。

 どうみても染めている茶髪(校則で染髪は禁止されているんだけど)に、耳にはピアス穴(校則で装飾品は禁止されているから穴だけだったけど)。シャツのボタンを開けているせいで、ネクタイがゆるく首にぶら下がっている。ブレザーの前は開け放して、その袖は両方ともまくり上げられていた。そんなふざけた格好なのに、すべてがプラスに向くという美青年。

 同じ三年生の、上坂蓮だった。有名人だから名前と顔は知ってるけど、個人的に話をしたことはあまりない。私を呼びだしたのがコレとは思えず、とっさにあたりを見回してしまった。

「や、梶原さん」

 けれど上坂は、にこにことした笑顔で私に手をあげる。……彼にそんな風に親しげに声をかけられる覚えがない。

「どうも。……何か、用ですか?」

「うん。あのさ」

 首をかしげる私に、ずい、と上坂は顔を近づけた。

 あ、肌がきれいなのは意外。

「俺と、つきあってよ」

「どこへ? もう四限始まるわよ?」

 私の言葉に、上坂は、ふ、と笑った。その笑顔の破壊力に、さすがの私も息をのむ。

 柔らかそうなふわりとした茶髪に、適度に日焼けした綺麗な肌。すっきりとした鼻筋の上にある瞳は、大きくて黒い。

 女子が騒ぐのも、わかるなあ。自分の魅力を十分に自覚してる顔だ。

「そうだな。とりあえず、今日の帰りにスタバでも」

「何か相談でもあるの?」

 内容がわかっているなら、必要な資料を用意していった方が話が早い。学年一の成績を誇る私に相談ってことは、試験勉強対策かもしれない。中間考査も近いし。それとも、三年の五月にもなって進路相談かしら。でも、それくらいしか私の用途って思いつかない。

「うん。大事な相談」

「内容を言っといてくれたら、参考資料とか用意するけど」

 と、上坂は、私の言葉に驚いたように目を丸くした。それから、おかしそうに笑いだす。

「何?」

「いや、面白いね、梶原さんて。うん。悪くない」

「それは、どうも」

 笑ってる姿も様になっているけど、自分が笑われてると思うと私は面白くない。