にこやかに彼女、カオリ・ラヴィナーレは言った。
「死んだ人がドアを開けれますか?」
「あ、! でも……」
「面白い方ですね。スレイユさんは」
「はぁ……」
「とにかくお部屋行っていいですか?」
「あ。はいどうぞ」
いきなりかしこまる私。ペースは彼女にすでに握られている。
「はぁ、想像以上ですね。この散らかり方は」
あきれるような声、まぁそう言われても仕方がない。
そして彼女は追い打ちをかけるように
「ほら、ないでしょ、あなたの亡骸というものは」
彼女が言うように私が想像していた、無残な血まみれ姿の私の亡骸は、どこにもなかった。
「ないですね……。私の早とちり?」
「そうですね、勝手にあなたがそう思いこんだだけですよ」
そう言いながら彼女はソファーの上に腰を落とした。
そんな彼女の歩く姿を見てちょっと変だなって感じた。
なんだろうどこかぎこちない。
カオリ・ラヴィナーレは「はぁ」と言いながら、ようやく落ち着いたという感じに安どの声を出す。
「ミネラルウォーターでいい? あとはワインとビールくらいしかないんだけど」
「十分ですわ」
冷蔵庫から、ミネラルウォーターのボトルを取り出し、彼女にわたそうとしたとき、せりあがった修道着のローブの裾から黒いタイツを履いた足が見えた。
その足は片方が極端に細かった。
異常と言えるほど細く感じる。
その足のタイツは少したわんでいた。
私の視線を感じたのだろうか?
「もしかして、気が付きました? 私の足のこと」
触れてはいけないところだったんだろうか? でも彼女は何も臆することなく言った。
「私、左足途中からないんです」
そう言いながら、ローブの裾をたくし上げた。
それは一目でわかった。黒いタイツの上からでも彼女の左足がひざ下から別なものに変わっていることに。
「それって、義足?」
「ええ、そうですよ。ここに来るのにずっと歩いてきましたから、ちょっと痛いんですけどね。出来れば外したいんですけど、いいですか?」
またにっこりとしながら私に問いかける。
見た目は、幼そうに見えるけど、意外と芯は強い子の様だ。
「別にいいわよ。そういう事情なら」
「ありがとうございます」というなり立ち上がり、着ている服のボタンをはずし始めた。
スルッとローブが床に落ちた。
彼女の張り詰めた若い肌があらわになった。
着ていたローブのせいだったんだろうか、幼そうにしていて意外と胸はあるようだ。
それに整ったボディライン。
大人と子供の中間点といった感じがする。
でも、なんだろう。
このしなやかさを感じる体に、色気さえも漂わせる雰囲気。
同姓の私が見ても何かそそられるのは、この子の特質だろうか?
そして目に入る腰のあたりに着けているベルト。
タイツを下ろし、下着だけの躰になると、その片脚は膝の下から別な機械じみた足に変わっていた。
腰から延びる束帯は太もものあたりでもう一つのベルトを支え、彼女が身に着けている義足を持ち上げるように、また束帯が義足へと繋がっていた。

その義足をつけた彼女の姿は、なぜかとても美しく見えた。

品のある身体。躰……私の体が何だか安物の様に感じる。
安物? 三十を過ぎた女とまだ十代であろう彼女の躰を比較するのが、もともと違いがありすぎるのでは?
でもなんだろう。私よりもずっと大人びた感じがする。
見た目はまだ幼そうなんだけど。
腰のベルトを外し、太もものベルトがワンタッチで外れた。
膝上を覆うように装着されていた義足が外れる。
ソファーにまた腰を落とし「ふぅ」とため息のような声を発する彼女。その外れた足の先は丸く途切れていた。
「ああ、やっぱり赤くなってる」
その足の先端を見て彼女は言う。
その姿に私の胸の鼓動がドキッと高鳴った。
片脚のない少女のその姿に……。
「どうかしました?」
「い、いえ。なんでもないわ」
「そうですか。すみません、いきなりこんな格好になってしまって。初めてお邪魔するのに」
「いいのよ、気にしないで。それより、だいぶ赤くなっているけど大丈夫? お湯で濡らしたタオル持ってくるね」
「ありがとうございます。そこまでして頂けるなんて恐縮です」
またにっこりとほほ笑んで彼女は返す。その微笑みは私の気持ちを幾分やすらかにしてくれるような気がする。
タオルをお湯で濡らし固く絞って彼女の所に行き、そっとその膝の部分にタオルをあてがう。
ちょっとびくっと躰を震わせる。
しみたんだろうか? 赤くなっているところがすりむけているのかもしれない。
彼女の躰は温かく、ほのかな甘い香りがした。
「どうしてこんなになってまで私の所に来たの?」
その問いに彼女、カオリ・ラヴィナーレはこう言った。
「主があなたの所に行くように導いたからです」
「導きがあった。でも私のこの状態を誰が伝えたの? 昨日の事なのに、あなたはまるでずっと前から私がこうなることを知っていたかのように言った。一体どういうことなの?」

「そうですね。私はあなたの命があと2カ月であること、あなたの会社からあなた自身が裏切られてしまう事。そして無意識に、その命を絶とうとしようとしたこと。すべて私は知りながらここに来ました。私自身が見て感じたあなたの未来。その時が訪れるまでずっと私はあなたと出会うことを禁じられていました。その時が来るまでです」

「禁じられていた? 私の未来をあなたは見ていたというの? どういうことなの。こうなることが分かっていたんだったらもっと早く私に教えてくれれば……。でももし、それが主の導きということなら仕方ないのかしら」
「随分と理解が早いですねスレイユさん。でも本当は主は存在しないんですよ」
「主が存在しないって……」

私はフランスで生まれ、生まれながらのキリスト教徒。
幼き頃からミサに出向き、祈りをささげてきた。
この日本に来てからも、近くの教会に出向き祈りをささげていた。
彼女はその教会にいたのだろうか? 私を陰ながら見ていたんだろうか?
でも彼女は言った。私の未来を感じ、それを見たと。

本当の事なんだろうか?

それでも今のこの状態を、彼女は言い当てるかのように私に話した。
まるで隠しカメラでも仕掛けていてそれを見ていたかのように。
もしそんなカメラが仕掛けられたとすれば、でもそんなことはないと思う。
それは彼女のあの微笑みが、私に語り掛けているように感じたからだ。
それに主が存在しないなんてシスターの彼女が言うべきことじゃないと思うんだけど。

主とはイエスキリストの事を言うんだろうけど、実際に私はキリストに会ったことなんかないし、聖書を熱心に読み込んでいるわけでもない。
いつのころからだろう。祈ることは誰のためでもない、自分のために自分の心を浄化させるためにいようと思うようになった。

そんな熱心でもない教徒に存在しないと言われた主からの導きのため、彼女は私の未来を見たのだというのか?

そもそも、未来を予言できる能力を持つこと自体普通じゃない。
信じがたいことだけど、やっぱり受け入れてしまう自分がいる。

それに彼女のその姿に、私は何かを求め始めている。

カーテンの隙間から差し込む陽の光に、カオリ・ラヴィナーレのその躰が照らさている。
綺麗だった。
彼女のその肌を照らす光はまるで、マリア様を見ているかのように光り輝いていた。

「ねぇ、あなたのその言葉、私信じてもいいように思えてきた」
「そう、でも信じるも何も現実に今あなたに起こっていることは、事実なんだもの」

「だったら、あなたが今の私のこの運命を変えてくれるとでも言うの?」