お昼休みにオフィスでスマホを眺めていると、隣に座る今年の新人ちゃんがキラッキラの目で私の手元に注目していた。

「藤堂さん! それ、凄くないですか!! ヤバいって」

 新人ちゃんがさっきからガン見しているのは私の左手の薬指だ。憧れていた高級ブランドの一粒ダイヤモンドが光っている。ヤバいというのは、普通よりちょっとだけサイズが大きいからだろう。

「藤堂さん。仕事辞めないんですか?」
「え? 辞めないよ」

 私は即答する。今のところ、会社をやめる予定は全くなかった。

「えぇ! なんで!? 働かなくても全然困らないですよね? 旦那さんSAKURAGIの御曹司ですよね?」

 新人ちゃんは信じられないと言った様子で両頬に手を当てて、まるでムンクの叫びのような顔をした。
 私はその様子を見て苦笑した。確かに桜木さんと結婚する私は金銭面では働く必要がない。でも、これまで頑張ってきた積み重ねもあって、この仕事をする自分に誇りがあった。

 桜木さんから教わった色々な不動産知識、綾乃さんから教わったさり気ない褒め言葉、尾根川さんから教わった人への印象をよくする表情の作り方。自分なりに勉強して、例えばお客様のことは出来るだけ名前でお呼びする、一度聞いた趣味のことなどを次の時にさり気なく聞く、バックヤードも踏まえて最良の物件を提案するなどのスキルも磨いてきた。それら全てが今の私を形作っている。

「なんで? うーん。自分なりに輝いていたいからかな」
「輝いていたい??」

 新人ちゃんは意味が分からないようで、こめかみに人差し指を当てて首を傾げる。

 携帯のランプが光り、ラインのメッセージが届いた。ポップアップが表れ、差出人は『寛人さん』と表示されている。

 ──今日は予定通り早く帰れるよ。一緒に引出物選びしよう。

 私は口の端を上げる。もし彼が転勤でまた大阪に戻ったり、自分が妊娠して育児に専念したいと思った時は仕事を辞めるかもしれない。けれど、今は恋も仕事も精一杯頑張りたい。

「うん、そう。輝いていたいから」

 私は笑顔で後輩に答えた。

 今までの頑張りの1つ1つが私の中で確かな自信へと変わってゆく。いつまでも『今の自分が1番好き』って胸を張って言えるような大人になりたい。
 1度っきりの人生だもの。後悔なんてしたくない。

 午後勤務開始の電子音が鳴る。リーンと電話が鳴り、私は電話を取った。

「はい。イマディールリアルエステートでございます」

 だから、私は今日もこう言うのだ。

「もちろんです。お客様の理想のおうち探し、全力でサポートさせていただきます」

 だって彼が一緒なら、1人より2人なら、私はどこまでだって頑張れる気がするの。