飲み放題にしていたわけでも無かったので延々と続く祝勝会がお開きになった時、時計の針は既に10時を指していた。店の外に出ると、12月の冷たい空気がピリリと肌を刺す。綾乃さんが大量に注文した紹興酒ボトルを消費するためにいつもよりは少し飲み過ぎた私には、酔いを醒ますのにちょうどいい。
「藤堂さん、歩いて帰るなら一緒に帰ろうか」
声を掛けてくれたのはもちろん、桜木さんだ。桜木さんは飲み会の後、大抵一緒に帰ろうと誘ってくれる。内心では舞い上がりそうなぐらい嬉しいけれど、それを顔に出さないように私は平静を装って「はい」っと頷いた。
外苑西通りは夜でも車の通りが多く、車のヘッドライトがキラキラ揺れる。それに、道路沿いには気持ち程度のクリスマスイルミネーションが点灯していた。こうして夜に2人で夜道を歩いていると、なんだかデートみたいだな、なんて思って、私はなんだか気恥ずかしくなった。
「飲み過ぎた?」
「え?」
歩きながら熱くなった顔をパタパタと仰いでいると、桜木さんがこちらを見下ろして首を傾げている。
「なんか、いつもより顔赤いから」
「あー、そうかもしれないです……」
「新木のやつ、紹興酒頼みすぎだよなー。あれ、それなりに度数きついのに」
苦笑いする桜木さんに釣られて私もヘラりと笑った。飲んだせいもあるけれど、私の顔が赤いのはきっとそのせいだけじゃない。
──これに受かったら、伝える!
そう叫んで超強力掃除機の音をかき消したあの日のことが脳裏に浮かぶ。言うなら今じゃないの? いつやるの? 今でしょ!? と、社会人になりたての頃に大流行した台詞が頭の中をぐるぐるぐると回る。
私は桜木さんをチラッと見た。桜木さんは私の横を歩いているけれど、半歩程前に出ている。きっと、私の歩調を見ながら調整しているのだろう。少しだけ斜め後ろから眺めるその後ろ姿は距離にして1メートルくらい。この距離を0メートルにしたいんです。
「じゃあ俺、こっちだから」
いつもの交差点で桜木さんが私の自宅とは違う方向を指さす。ああ、頑張れ美雪! 私は怖気づいて逃げ出しそうになる自分を叱咤する。人生で誰かに好きだと自分から告白したことなんて、1度もない。今までの彼氏たちはこんな勇気を振り絞って私に好きだと伝えてくれていたのだろうか。結構お酒が入った状態の今言えなかったら、素面で言えるわけがない。
「桜木さん!」
「ん。なに?」
桜木さんがこちらを向いてふわりと笑う。私の大好きな笑顔だ。
頑張れ美雪。頑張れ! 今日までずっと、頑張ってきたでしょう? 勇気の振り絞るんだ。自分にそう言い聞かせる。
ほら。震えそうになる足にぐっと力を入れて、口の端を持ち上げて。
私はすうっと息を吸った。