「藤堂さん、大丈夫? 俺が担当代わろうか?」

 私はよっぽど暗い表情をしていたようで、桜木さんは心配そうに私の顔を覗き込んだ。

「大丈夫です。ご心配おかけして申し訳ありません」
「そう? 無理だと思ったら遠慮なく言ってね」

 こちらを見つめる桜木さんの眉間が、僅かに寄っている。きっと、職場の先輩として心配してくれているんだろう。
 優しいなぁ。あなた、これ以上私を惚れさせて一体どうするつもりですか? と聞きたいくらいだ。聞けないけど。

 かわりに私が両手に拳を握って『頑張ります』のポーズをすると、桜木さんも釣られるように少しだけ笑ってくれた。
 貴重な桜木スマイル、頂きました!
 これで今日も私は頑張れそう。

 接客を終えて少しだけ時間に余裕が出来た私は、オフィスの端に置かれたレジ袋を持って外に出た。
 今月末はハロウィンなので、その飾り付けに、レジ袋に入っていたオレンジ色のカボチャとコウモリのオブジェをオフィスの入り口付近に置いた。10月下旬ともなると外の風はだいぶ涼しくなる。僅かに吹く風は肌に触れるとひんやりとした。

 
 ***

 
「trick or treat!」
「もちろん、トリートよ。はい、どうぞー」

 小さなモンスターに脅されて、私はお菓子の袋を差し出す。10円の駄菓子をいくつか詰め合わせたそれは、イマディール不動産の広告入りだ。お菓子の袋を受け取った子ども達は、それを持っている袋にいれると、満足げな表情を浮かべて次のお店へと向かう。

 10月の最終日はハロウィンだ。
 田舎育ちのせいか、私が子どもの頃は、ハロウィンはそれほどメジャーなイベントでは無かった気がする。けれども、いつの間やらどんどん浸透して、今や国民の一大イベントに成長したらしい。ニュースではクリスマスの経済効果を超えたと言っていた。

 イマディール不動産がオフィスを構える広尾では、外国人居住者が多いこともあり、ハロウィンはとてもメジャーなイベントのようだ。夕方になると、辺りの住宅街には可愛らしいモンスター達が至る所に出没し始める。その可愛らしいモンスター達は住宅街から流れて商店街の中までやってきて、「お菓子をくれなきゃ悪戯するぞ」と、なんとも可愛らしい脅しをしてくるのだ。地域に馴染んだこの商店街らしい光景だ。

「あの子、袋パンパンだったねー」
「そうですね。沢山回ったんでしょうね」

 一緒に対応する尾根川さんと話ながら、私は先ほどの子供を思い出して頬を緩めた。小さなスパイダーマンは、持っていた白の巾着の袋にお菓子を詰め込みすぎて、まるでサンタクロースのようになっていた。

「これ、自分も子どもの頃にやりたかったなぁ」
「無かった?」
「え? 無いですよ。尾根川さんはありました?」
「無かったと思う」
「よかった。うちが田舎だから無かったのかと、ちょっと焦りました」

 私達は顔を見合わせてあははと笑う。そんな立ち話をしていると、こっそりと近づいてきた魔法使いに「お菓子をくれなきゃ魔法をかけるぞ!」と脅された。
 
「それは困った。これでご勘弁を」
「よし。勘弁してやろう」

 お菓子の袋を差し出すと、嬉しそうに笑い、手を振って去ってゆく。その次に来たのはプリンセスだった。ドレス姿にティアラをつけて、「trick or treat !」。なにこれ、可愛すぎるんですけど。

 怖いんだけど可愛らしい、ちょっと心がほっこりとした秋の夕暮れだった。