「ねえ、藤堂さん。27歳ってね、女の人が1番綺麗な時期なんだって」
髪で顔を隠して俯き加減でメールチェックをする私に、綾乃さんがコソッと話しかけてきた。私は綾乃さんを見て首をかしげた。
「そうなんですか? 初めて聞きました」
「昔、一緒に働いてた先輩に言われたの。外面の美しさと、内面の美しさが1番バランスよく磨かれるんだって」
うふふっと綾乃さんは楽しそうに笑う。確かに、20代も終わりに近付いてくると、学生の頃よりは落ち着いたと思う。
「じゃあ、この後は下降傾向?」
「ちがーう! 何言ってんの! 外見の加齢はともかく、内面の美しさは何歳まででも美しくなるんだよ。若いときにはなかった心の成長みたいな? ほら、女優さんとかで歳取っても落ち着いた美しさがある人って多いでしょ?? 何歳だって、年相応の美しさがあるんだよ」
悪い方に捉えた私をみて、綾乃さんは頬を膨らませた。
「とにかく、私は藤堂さんは綺麗になった気がするってことを言いたかったの!」
それだけ言うと、綾乃さんは自分のパソコンをカタカタと操作し始めた。
『年相応の美しさ』と聞いて、すぐに私の脳裏には先日ご成約頂いた水谷様の顔が浮かんだ。凜とした佇まいと、ピンと伸びた背筋、落ち着いた口調。きっと、彼女のあの美しさは、彼女自身の努力と経験に裏打ちされた自信から来ている。
私は隣の席の綾乃さんを見た。綾乃さんも、とても綺麗な人だ。見た目が綺麗なのは勿論だけど、親切で優しいし、常に自分の考えを持っている。
私も次の誕生日が来たら28歳になる。上っ面の見た目だけでなく、中身も磨かないとならないようだ。
でも、中身ってどうやったら磨かれるのだろう? 読書? 勉強? マナー講座??
「私も綾乃さんみたいに綺麗になれるように頑張ります」
私もコソッと綾乃さんにそう伝えると、綾乃さんは目をぱちくりとしてから、照れくさそうに笑った。
「ありがと。藤堂さん、好きな人でも出来たの?」
「え? いないですよ」
私は両手を目の前でブンブンと振った。綾乃さんの質問を、咄嗟に否定してしまった。
好きな人はあなたの目の前にいる。まさに真正面の席だ。だけど、ここで『実は……』とぶっちゃけカミングアウト出来るほど、私は神経図太くない。
「そうなの? なんだ。綺麗になったから、好きな人でも出来たのかと思った」
綾乃さんは屈託なく笑う。さすが、女性だけに同性のことに対して鋭い。
パッと視線を移動させると、デスク越しにじーっとこちらを見つめる桜木さんとバチッと目が合った。
「ほら、もうすぐ宅建試験があるじゃないですか。だから、それどころじゃないです」
私はあははっと笑い、頭の後ろに片手をあてながらそう言った。
「ああ、そっか。来月下旬だっけ? 頑張ってね」
桜木さんは思い出したようにそう言い、ニコッと笑った。
桜木さんの笑顔、格好いいなぁと密かに心の中で悶絶。初めて会ったときはちょっと格好いい人程度の印象しかなかったのに、今やめちゃくちゃ格好よく見えるのは恋の成せる技か。
ああ、神様、ありがとう。今日も頑張れる気がするわ。
しかしながら、桜木さんのご指摘通り、宅建試験まではあと1カ月を切っている。あと少し、ラストスパートをかけて私は勉強しなければならない。恋に現を抜かしてる場合ではないのだ。
「はい。勉強頑張ります」
私は元気に笑顔で返事する。
──それに、あなたに少しは綺麗になったと気付いてもらえるように、頑張ります。
心の中でこっそり呟いた。