そうと決まれば善は急げ。私は早速、水谷様にご紹介出来る物件がないかを確認し始めた。

 将来的に家庭を持っても対応できる。将来に亘って、資産価値が落ちにくい。女性が1人暮らししても安全。大手町は勿論、色んな場所への交通アクセスがいい。そして、予算4500万円以下。

 家族向けだと小さくともやはり2LDKは欲しい。となると、大体55平方メートル以上にはなる。これを4500万円以下でとなると、不動産業界で重宝されるような都心6区の駅近はなかなか難しい。あるにはあるのだか、選択肢が非常に狭まる上に難あり物件な事が多いのだ。
 もちろん、中古物件の販売価格の決定権は最終的にはオーナーさんにあるので、優良物件を低価格で放出する欲のない方もいる。しかし、滅多にいないと言っていい。

 私はやはり最初に水谷様にご案内した物件と同様に、少しだけ都心部を外れた地域を探し始めた。都心部まで電車に少し乗れば、選択肢は急激に広がる。ただ、そういったところは駅近を選ばないとマンション価格が下がりやすいので、注意が必要だ。

「藤堂さん、今日この後って忙しい?」

 イマディール不動産の物件情報とにらめっこしていた私は、ふと斜め後ろから声を掛けられた。いつの間にか桜木さんが自席の後ろにいて、こちらをみている。

「今日? お客様のアポは無いので大丈夫ですが?」
「よかった。じゃあ、内装工事を終えた物件を確認しに行くから、一緒に行かない?」
「分かりました。ご一緒します」

 私はすぐに頷いたが、内心ではクエスチョンマークが沢山浮かんでいた。9月に入り、私は自分1人で営業するようになり、桜木さんに同行することはなかった。なぜ今日は誘われたのだろうと、私は首をかしげたのだった。


 ***


「今日行くところはね、番町だよ」
「番長??」

 私は隣を歩く桜木さんを見上げて、小首を傾げた。『番長』なんて駅、聞いたことが無い。そもそも、『番長』とは、非行に走った少年少女のボスを指す言葉のはずだ。まさか、あちら系の方がオーナーの物件なのだろうか。
 無言のまま眉根を寄せる私を見て、桜木さんが説明を続けた。

「番町っていうのは、千代田区の皇居の裏手の辺りのエリアだよ。千鳥ヶ淵周辺で、不動産業界では最も資産価値が落ちない地域としても有名だ」
「そんなんですか? 初めて聞きました」

 千代田区バンチョウ? やっぱり聞いたことがない。けれど、桜木さんが資産価値が落ちにくい地域と言うなら、きっとそうなのだろう。

「便利な地域な上に供給が少ないから、プレミアが付きやすいんだ。俺も、仕事始めて初めて『番町』の地名を知ったよ。占有面積100平方メートル以上の超高級物件が多いけど、今日は36平方メートルの1Kだよ」

 桜木さんが案内してくれたのは、築14年の中規模マンションだった。半蔵門線の半蔵門駅から徒歩3分、他に、JR中央線、地下鉄南北線、新宿線、有楽町線が通る市ヶ谷駅にも徒歩10分かからない。とにかく、めちゃくちゃ便利な場所だ。共用部分の管理体制も見る限りはしっかりしているし、エントランスは昼間はコンシェルジュ、夜間は警備員の24時間有人体制だ。
 リノベーションが施された内装は玄関から廊下にかけては大理石タイル、主寝室となる10畳の部屋には白いフローリングが敷かれていた。全体的に白でまとめられており、清潔感があり明るい雰囲気だ。
 ちなみに、販売予定価格は36平方メートルに対して4380万円となかなかのものである。新築時は4100万円だったそうだから、なんと、値上がりしている。とは言っても、今この辺りの同スペックの新築を買おうとすると5000万円近いので、それに比べればお手頃である。

「素敵なマンションですね」

 私はもう1度部屋を見渡した。広い室内はキッチンへ続くドアと廊下へと続くドアがついている。濃い木目調のドアは白いフローリングとよく合っていた。値上がりするのも頷けるような、本当に素敵なマンションだ。

「そうだね」

 ホームページに掲載用の内装写真を撮り終えた桜木さんも部屋を見渡し、表情を綻ばせた。

「やっぱ、これを買うのは投資家ですかね。1Kだしハイクラスなビジネスマン向けの賃貸需要狙いかな」と私は言った。
「うーん、どうだろう。投資家も有り得るね」と桜木さんが答える。

 桜木さんはそこで一旦、言葉を区切った。

「藤堂さん。マンションの価値は何で決まるか覚えてる?」
「えっと、立地です」

 私の答えを聞いた桜木さんは満足げに頷いた。

「そう。マンションの資産価値には立地が1番効いてくる。ここは、日本有数のマンション資産価値が落ちない地域だ。だから、何年か住んで転売しても、殆ど値下がりしていない」