8月のお盆真っ只中。
 私は北関東にある、地元の駅に降り立っていた。ローカル線を降りた瞬間に、もわっとした熱気が全身を包み込み、日差しはジリジリと肌を焼くように強烈。オーブンの中に実際に入ったことは無いけれど、『オーブンの中に入れられたようだ』と表現したくなる猛暑日である。

 1つしか無い改札口には、自動改札機が4つ。端には駅員さんが仕事するための小さな事務所と、間幅2メートルにも満たない売店が1つ。
 改札口を通るとき、駅員さんが明るい口調で「こんにちは」と声を掛けてくれた。都会にはない、こういうアットホームな雰囲気は、この町のいいところだと思う。私は軽く会釈し返すと、久しぶりの光景に目を細めた。

 駅前には小さなロータリーがあり、僅かばかりの店舗が並んでいる。でも、100メートルも歩けばたちまち辺りは住宅街になる。私がぐるりと辺りを見回すと、1台のシルバー色の自家用車の窓から手が伸びて、ぶんぶんと振っているのが見えた。

「美雪ちゃんお帰り」
「ただいま、お母さん」

 久しぶりに顔を会わせて嬉しそうに笑う母親に、私はとびきりの笑顔でそう言った。
 最寄り駅から自宅までは車で5分位。距離にすると3キロ弱だ。道路沿いに建ち並ぶ一戸建ての住宅街と、時折現れる畑を眺めながら、私は帰ってきたんだなぁと感慨に浸っていた。この景色はイマディール不動産のある広尾では見られない。

「お父さんは?」
「家に居るわよ。美雪ちゃんが帰ってくるからって張り切ってこんなおっきなスイカ買ってきたの。きっと、今頃首を長くして待ってるわ」

 母は運転をしながら、「こんな」と言うときだけ少し大きな声をあげてクスクスと笑った。なんとなくその父親の様子が想像がつく。きっと、私には「たまたま通りかかったら安かった」とか言うんだろうな。
 
「お父さん、ただいま!」
「ああ」

 父親は私が声をかけると、新聞からチラッと顔を上げ、またすぐに新聞に視線を落とした。父親の座るソファーの横を通り、かつて使っていた自分の部屋へ向かった。荷物を部屋に置くと、持ってきた紙袋を持ってもう1度、1階に下りた。紙袋に入った箱の中には、イマディール不動産の近くにある和菓子屋さんで買ったあんみつが入っている。それを冷蔵庫に入れに行くと、台所には水が張った(たらい)が置かれており、中にはバスケットボールより一回り大きなスイカが入っていた。

「ねえ、すっごいスイカだね」

 私は台所からひょこっと顔を出して父親に話しかけた。

「だろ? たまたま見かけたから、買ってきた。切ってくれるか?」

 新聞から顔を上げると、歯を見せて小学生のような笑顔を浮かべる父親に、私も思わず笑みを零した。早速台所で包丁を使おうとシンク下の戸棚を開ける。ギィーっと軋んだ音がした。

「この戸棚、変な音がするね」
「そうなのよ。もうそろそろ建て替えなきゃ駄目かしら?」
 
 エプロンを付けた母親は頬に手を当ててそうぼやいた。
 そう言えば、うちは私が小さいの頃に建てたと聞いた気がするから、もう築25年近いはずだ。流石に骨組みはまだしっかりしていると思うが、内装はだいぶ経年劣化が目立ってきている。
 キッチンの壁紙は油汚れや埃で茶色く変色しているし、他の部屋の壁紙も一部が剥がれている。所々がぶかぶかしてきたフローリング、開け閉めするとキィーといやな音を立てるドア。