「桜木さん、ありがとうございます」
「いや、俺は何もしてないよ」
桜木さんは、やっぱり困ったような顔をしたまま、少し顔をかしげた。
「こんなところで立ち話もなんだし、どっか飯食いに行く?」
私達が今いるのは、外苑西通りの歩道だ。確かに、通行人の目が若干気になる。私は小さく首を振った。
「行きたいけど、私こんな顔だし……」
きっと、今の私の顔は酷いことだろう。鼻水だらだらだし、涙腺決壊だし。
「ところで、なんで桜木さんはあそこにいたんですか?」
不思議に思った私は桜木さんを見上げた。
「俺の家、この近くなんだよ。藤堂さんのマンションから、北里白金通りを白金高輪駅方面に歩いたあたり。今日は見ての通り、ランニング」
確かに、桜木さんはランニングウェアを着ている。北里白金通りとは、恵比寿駅から白金高輪駅を結ぶ通りの事だ。通り沿いにある大学の名前から、そう呼ばれている。
桜木さんは喋りながら自分の格好を見下ろして、顔を上げると苦笑いした。
「よくよく見ると、俺、飯食いに行く格好じゃ無いな。しかも、今気付いたけど財布持ってなかった」
バツが悪そうに首の後ろをポリポリと掻く桜木さんがちょっと可愛らしく見えて、私は吹き出した。
「じゃあ、飯はまた今度で……」
「桜木さん! よかったら、うちに食べに来ませんか?」
この時、私はふと思い付いて、気付いたときにはそう口走っていた。普段だったら、彼氏でもない人を家に誘ったりなんて、絶対にしない。たぶん、相当気持ちが弱っていたのだと思う。
「藤堂さんの家に?」
桜木さんは驚いたように目をみはった。そこで、私は自分が口走った言葉の意味に気付いて慌てふためいた。
「あの、私、料理が趣味なんですけど、1人だとなかなか食べきれなくて。よかったら、消費してくれる人がいたらいいのになぁと思って……」
ああ、と桜木さんが納得したように小さく呟く。
「確か、料理が好きって言ってたもんね。……でも、いいのかな?」
「いいに決まってます。私が誘ったのに」
「そっか。じゃあ、お言葉に甘えようかな」
桜木さんは一旦言葉を切る。そして、私の顔を真顔で見つめた。
「藤堂さん。あんまり男を不用意に自宅に誘ったりしちゃ駄目だよ? 悪いやつもいるし……」
「はい、誘いません。桜木さんだからですよ」
「うーん。すごく信頼されてるのは嬉しいけど、ちょっと複雑と言うか……。まぁ、いいや。行こっか」
桜木さんが、私にふわりと笑いかける。胸の奥に、なんとも言えないむず痒さを感じて、私は咄嗟に目を逸らした。
***
その日の夕食は、何の変哲もない生姜焼きとサラダ、味噌汁とご飯だったけど、桜木さんは凄く喜んでくれた。
「本当に料理が得意なんだね。美味しい!」
「口に合ったなら、よかったです」
「すっごい美味しいよ」
久しぶりに作ったものが全部無くなり、冷蔵庫がすっきりとすると気分もすっきりとした。やっぱり、ご飯を作ったときに、それを『美味しい』って言って食べてくれる人がいるっていいな。
「藤堂さん、大丈夫? だいぶ元気になってよかった」
帰り際、玄関で私を見下ろした桜木さんは少しだけホッとしたようにそう言った。
「大丈夫ですよ。桜木さんのおかげです」
「またまたそう言うことをいう。じゃあ、戸締まりちゃんとしてね」
ドアが閉まるとき、照れたように桜木さんが笑うのが見えた。私はドアが閉まる隙間から、小さく手を振った。
何に1番救われたかって、桜木さんがあの2人に対して本気で怒ってくれたからだよ。
もしもそう伝えたら、桜木さんにはやっぱり冗談だと流されて、笑われてしまうだろうか。
真理子から『あのイケメン誰?? 聞いてない!』と大量のラインが入っていたことに気付いたのは翌朝のこと。
「いや、俺は何もしてないよ」
桜木さんは、やっぱり困ったような顔をしたまま、少し顔をかしげた。
「こんなところで立ち話もなんだし、どっか飯食いに行く?」
私達が今いるのは、外苑西通りの歩道だ。確かに、通行人の目が若干気になる。私は小さく首を振った。
「行きたいけど、私こんな顔だし……」
きっと、今の私の顔は酷いことだろう。鼻水だらだらだし、涙腺決壊だし。
「ところで、なんで桜木さんはあそこにいたんですか?」
不思議に思った私は桜木さんを見上げた。
「俺の家、この近くなんだよ。藤堂さんのマンションから、北里白金通りを白金高輪駅方面に歩いたあたり。今日は見ての通り、ランニング」
確かに、桜木さんはランニングウェアを着ている。北里白金通りとは、恵比寿駅から白金高輪駅を結ぶ通りの事だ。通り沿いにある大学の名前から、そう呼ばれている。
桜木さんは喋りながら自分の格好を見下ろして、顔を上げると苦笑いした。
「よくよく見ると、俺、飯食いに行く格好じゃ無いな。しかも、今気付いたけど財布持ってなかった」
バツが悪そうに首の後ろをポリポリと掻く桜木さんがちょっと可愛らしく見えて、私は吹き出した。
「じゃあ、飯はまた今度で……」
「桜木さん! よかったら、うちに食べに来ませんか?」
この時、私はふと思い付いて、気付いたときにはそう口走っていた。普段だったら、彼氏でもない人を家に誘ったりなんて、絶対にしない。たぶん、相当気持ちが弱っていたのだと思う。
「藤堂さんの家に?」
桜木さんは驚いたように目をみはった。そこで、私は自分が口走った言葉の意味に気付いて慌てふためいた。
「あの、私、料理が趣味なんですけど、1人だとなかなか食べきれなくて。よかったら、消費してくれる人がいたらいいのになぁと思って……」
ああ、と桜木さんが納得したように小さく呟く。
「確か、料理が好きって言ってたもんね。……でも、いいのかな?」
「いいに決まってます。私が誘ったのに」
「そっか。じゃあ、お言葉に甘えようかな」
桜木さんは一旦言葉を切る。そして、私の顔を真顔で見つめた。
「藤堂さん。あんまり男を不用意に自宅に誘ったりしちゃ駄目だよ? 悪いやつもいるし……」
「はい、誘いません。桜木さんだからですよ」
「うーん。すごく信頼されてるのは嬉しいけど、ちょっと複雑と言うか……。まぁ、いいや。行こっか」
桜木さんが、私にふわりと笑いかける。胸の奥に、なんとも言えないむず痒さを感じて、私は咄嗟に目を逸らした。
***
その日の夕食は、何の変哲もない生姜焼きとサラダ、味噌汁とご飯だったけど、桜木さんは凄く喜んでくれた。
「本当に料理が得意なんだね。美味しい!」
「口に合ったなら、よかったです」
「すっごい美味しいよ」
久しぶりに作ったものが全部無くなり、冷蔵庫がすっきりとすると気分もすっきりとした。やっぱり、ご飯を作ったときに、それを『美味しい』って言って食べてくれる人がいるっていいな。
「藤堂さん、大丈夫? だいぶ元気になってよかった」
帰り際、玄関で私を見下ろした桜木さんは少しだけホッとしたようにそう言った。
「大丈夫ですよ。桜木さんのおかげです」
「またまたそう言うことをいう。じゃあ、戸締まりちゃんとしてね」
ドアが閉まるとき、照れたように桜木さんが笑うのが見えた。私はドアが閉まる隙間から、小さく手を振った。
何に1番救われたかって、桜木さんがあの2人に対して本気で怒ってくれたからだよ。
もしもそう伝えたら、桜木さんにはやっぱり冗談だと流されて、笑われてしまうだろうか。
真理子から『あのイケメン誰?? 聞いてない!』と大量のラインが入っていたことに気付いたのは翌朝のこと。