プラチナ通りを青山方面に少しだけ歩くと、目的のレストランにはすぐ着いた。入り口にはウェルカムボードが飾られて、すでに何人かパーティードレスやスーツを着た男女が集まり始めていた。
「あれぇ? 藤堂さん??」
聞き覚えのある甘ったるい声がして、私はピクリと肩を震わせた。視線を向けると、既に到着して店の前にいた女性の二人組が私を見ている。1人は私の知らない人だ。私の名前を読んだ後輩は、こちらを見てへらリと笑った。
「やだぁ、先輩! 元気でした??」
近づいてくるその人に、私は表情を強張らせた。
たっぷりとマスカラを塗った睫毛をバサバサさせながら2、3度瞬きすると、竹井さんはニンマリと笑った。
「もー、先輩! 突然辞めちゃったから心配してたんですよぉ? 今、どうしてるんですかぁ?」
鼻にかかったような舌っ足らずな喋り方が耳に障る。私は引き攣った作り笑いを浮かべた。
「あの時は、ちょっと事情があって。今は別の会社で勤めてるよ」
「ふーん。今日はどうしてここに?」
竹井さんは右手の人差し指を口元に当てて、私の頭から足先までをジロジロと眺める。明らかに結婚式の2次会にはカジュアル過ぎる服装に怪訝な顔をしていた。
「私、今この近くに住んでるから」
「はぁ? こんな都心に??」
「うん。会社が半額を家賃補助で出してくれるから、会社の近くに住んでるの。ちょっと古いマンションだけど……」
「ああ」
『ちょっと古い』って言った辺りで竹井さんが鼻で笑う。少しバカにしたような、嫌な笑い方。この子、私のことを内心で見下してるんだなってことをありありと感じた。
その時、竹井さんの後方から現れた人物を見て、私は顔を強張らせた。
「美雪? お前、会社辞めて、今何してんだよ??」
どこかで時間でも潰していたのか、竹井さんの後ろからひょっこりと現れたのは英二だった。結婚式用の白いネクタイを締めて黒のジャケットは腕に掛けていた。
「あ、英二。先輩はお仕事見つけて、今はこの辺に住んでるんだってー。古いマンション」
竹井さんは甘えるように英二の腕に絡みつき、こちらを見つめた。見せつけるように腕に絡み、わざわざ『古いマンション』って言う辺り、本当になかなかいい性格をしていらっしゃる。
「そうなの? お前、仕事見つかったのか??」
それを聞いた英二はぱっと顔を明るくして私を見た。心から喜んでいるような表情に、私は少し毒気を抜かれた。
「うん。また不動産屋さんなの。前よりももっと小さな会社だけど、いいとこだよ」
「そうか、よかったな」
「うん」
英二はにこにこしながら私を見下ろしたので、私も頬を緩めた。
「いや、お前さぁ、俺と別れた直後に仕事辞めただろ? すげー後味わりぃからさ、仕事見つかったならよかったよ。これでニートにでもなられて俺のせいだって言われたら、最悪だしな」
ホッとしたように英二が笑う。
私は頭から冷水を浴びせられたような気分だった。
この人は、一体何を言っているんだろう?
英二があの時仕事辞めるなと止めてくれたのも、私が新しい仕事を見つけてこうして喜んでるのも、たぶん、全部自分のためなんだ。私のことを心配なんて全くしてなくて、自分が後味悪い気分を味わいたくないからだったんだ。
そう察したとき、私は言いようのない虚無感に襲われた。
「うちよりももっと小さい不動産屋って、大丈夫なんですかぁ? ある日潰れたりしそう」
竹井さんが小首を傾げて心配そうにそう言った。いかにも私が心配ってふりをして。こっちを見る目は私を小馬鹿にしてて。
「ちょっと、あんた達──」
見かねた真理子が何かを言おうと口を挟んだとき、私は後ろから「藤堂さん!」と呼びかける声で振り返った。
そこにはランニングウェアを着た桜木さんがいた。
「あれぇ? 藤堂さん??」
聞き覚えのある甘ったるい声がして、私はピクリと肩を震わせた。視線を向けると、既に到着して店の前にいた女性の二人組が私を見ている。1人は私の知らない人だ。私の名前を読んだ後輩は、こちらを見てへらリと笑った。
「やだぁ、先輩! 元気でした??」
近づいてくるその人に、私は表情を強張らせた。
たっぷりとマスカラを塗った睫毛をバサバサさせながら2、3度瞬きすると、竹井さんはニンマリと笑った。
「もー、先輩! 突然辞めちゃったから心配してたんですよぉ? 今、どうしてるんですかぁ?」
鼻にかかったような舌っ足らずな喋り方が耳に障る。私は引き攣った作り笑いを浮かべた。
「あの時は、ちょっと事情があって。今は別の会社で勤めてるよ」
「ふーん。今日はどうしてここに?」
竹井さんは右手の人差し指を口元に当てて、私の頭から足先までをジロジロと眺める。明らかに結婚式の2次会にはカジュアル過ぎる服装に怪訝な顔をしていた。
「私、今この近くに住んでるから」
「はぁ? こんな都心に??」
「うん。会社が半額を家賃補助で出してくれるから、会社の近くに住んでるの。ちょっと古いマンションだけど……」
「ああ」
『ちょっと古い』って言った辺りで竹井さんが鼻で笑う。少しバカにしたような、嫌な笑い方。この子、私のことを内心で見下してるんだなってことをありありと感じた。
その時、竹井さんの後方から現れた人物を見て、私は顔を強張らせた。
「美雪? お前、会社辞めて、今何してんだよ??」
どこかで時間でも潰していたのか、竹井さんの後ろからひょっこりと現れたのは英二だった。結婚式用の白いネクタイを締めて黒のジャケットは腕に掛けていた。
「あ、英二。先輩はお仕事見つけて、今はこの辺に住んでるんだってー。古いマンション」
竹井さんは甘えるように英二の腕に絡みつき、こちらを見つめた。見せつけるように腕に絡み、わざわざ『古いマンション』って言う辺り、本当になかなかいい性格をしていらっしゃる。
「そうなの? お前、仕事見つかったのか??」
それを聞いた英二はぱっと顔を明るくして私を見た。心から喜んでいるような表情に、私は少し毒気を抜かれた。
「うん。また不動産屋さんなの。前よりももっと小さな会社だけど、いいとこだよ」
「そうか、よかったな」
「うん」
英二はにこにこしながら私を見下ろしたので、私も頬を緩めた。
「いや、お前さぁ、俺と別れた直後に仕事辞めただろ? すげー後味わりぃからさ、仕事見つかったならよかったよ。これでニートにでもなられて俺のせいだって言われたら、最悪だしな」
ホッとしたように英二が笑う。
私は頭から冷水を浴びせられたような気分だった。
この人は、一体何を言っているんだろう?
英二があの時仕事辞めるなと止めてくれたのも、私が新しい仕事を見つけてこうして喜んでるのも、たぶん、全部自分のためなんだ。私のことを心配なんて全くしてなくて、自分が後味悪い気分を味わいたくないからだったんだ。
そう察したとき、私は言いようのない虚無感に襲われた。
「うちよりももっと小さい不動産屋って、大丈夫なんですかぁ? ある日潰れたりしそう」
竹井さんが小首を傾げて心配そうにそう言った。いかにも私が心配ってふりをして。こっちを見る目は私を小馬鹿にしてて。
「ちょっと、あんた達──」
見かねた真理子が何かを言おうと口を挟んだとき、私は後ろから「藤堂さん!」と呼びかける声で振り返った。
そこにはランニングウェアを着た桜木さんがいた。