店を出ると、私は通りを渡って公園へ向かった。
入り口から中に入ると、すぐにとても大きな池が見えた。近くに寄ると、沢山の亀が悠々と泳いでいる。黒い鯉が泳いでいるのもみえた。池に沿って公園内の通路があったので、私は池をぐるりと回るようにその通路を歩いた。
通路の先には傾斜に沿って造られた階段があったのでそこを登ると、まるでどこかの山寺にでも来た気分だ。途中にちょっとした脇道があるのを見つけてそちらに進むと、小さな橋が掛かっていた。橋の真ん中に立つと、下の斜面には水が流れており、小さな滝のようになっていた。そこから先ほどまでいた公園の入り口のあたりを見下ろすと、大きな池と新緑のコントラストが絶妙で、まるで1枚の絵画のように見える。下を流れる川の水音が心地よく耳に響いた。
私はその先にあった小さな広場でベンチに座った。先ほどのスーパーで購入したコーヒー飲料を飲むと、ほぅっと息を吐く。頬を撫でるのはこの時期特有の温かく心地よい風。耳に届くのは風に揺られる木々の囁き。目に入るのは青い空と新緑の緑。
──都心にこんな場所、あったんだなぁ。
ベンチに座ったまま、目を閉じて耳を澄ます。風に乗って、小鳥の歌声や虫の鳴き声、それに、時折子どもの歓声が届いてきた。
私は半分ほど残ったコーヒー飲料にキャップをすると、立ち上がった。まだ行っていない公園の上へ行ってみようと思ったのだ。のぼり始めてすぐに、先ほどまでは微かに聞こえるだけだった子供たちの歓声がはっきりと聞こえてきた。
「わあ。遊具がある」
まるで林の中のような、木々に包まれた階段を登り切ると、そこには子ども向けの遊具があった。跨がるタイプのバネ付きの動物、ブランコ、すべり台がついた大型遊具などで、子供たちが歓声を上げて遊んでいる。お喋りしている親たちの言語は様々で、ここでもこの地域の国際色の豊かさを感じた。
遊具の遊び場を抜けてまっすぐ歩くと、前方に大きな白い建物が見えてきた。近付いてみると、案の定、ここが図書館のようだ。
私はガラスの自動ドアを抜けて中へと進んだ。建ち並ぶ書架の間を歩き、気になった本を2冊ほど手にとった。料理の本と恋愛小説だ。まだ自分では恋をする気分にはなれないけれど、本でなら幸せな気持ちになれるかもしれない。そんなことを思って、私は貸し出しカウンターに向かった。
***
「桜木さん、お引っ越し完了しました!」
ゴールデンウィーク明けに会社に出社した私は、まず最初に桜木さんに報告した。
「お。引っ越しお疲れさん」
「じゃあ、今日は藤堂さんの転居祝いしますか!」
横で話を聞いていた綾乃さんが身を乗り出す。綾乃さんは飲みに行くのが大好きなようだ。
「不便なことはない?」
桜木さんに柔らかい笑顔で見つめられ、私は首を横に振る。
「大丈夫です。スーパーの場所とかは散策マップに書いてあったし。初日にはあれを見ながらお散歩に行ったんですよ」
「え、本当? よかった」
私の言葉を聞いた桜木さんは嬉しそうにはにかんだ。
「もー、桜木! 本当にアンタ、やり手よね!!」
綾乃さんはいつものノリで桜木さんにツッコム。私は話がよく分からず、首をかしげた。
「あのお散歩マップ、入居者や購入者へのサービス向上になるんじゃないかって桜木が言いだして、半年くらい前から配り始めたの。藤堂さんが役に立ったって言うなら、やっぱりニーズはあるんだね。他の地域も作ろうか」
「桜木さんが?」
私は驚いた。どうやらイマディール不動産の営業エースは、顧客のニーズを探るのだけでなく、とても気配りも出来る人らしい。
「あのマップ、本当にいいと思います。他の地域も作るなら、私もお手伝いします!」
勢いよく拳を握った私を見て、桜木さんは「ありがとう」と微笑んだ。