「本当だったらタクシーを呼ぶんだけど、俺ら2人だから電車とバスでもいい?」

 オフィスを出てすぐに、前を歩く桜木さんがこちらを振り返る。私は「はいっ」と頷いた。

「暖かいし、最初の物件は歩こうか。もしそこに住むことになったら、毎日歩くわけだし」
「そうですね。お願いします」

 私たちは広尾にあるオフィスから目的の物件まで、のんびりと歩く事にした。広尾駅の前には大きな幹線道路が走っている。南北に延びる、外苑西通りだ。
 商店街を出てその外苑西通りを南下する。左右のショッピングモールが終わると、右手には大きな都営住宅が現れ、それも過ぎると明治通りと交差する大きな十字路にぶつかる。歩道橋を渡ったところにある超有名私立小学校の前では、紺色のスーツを着たお母さん達が何人か立っていた。

「何をしてるんでしょう?」
「4月だから、通学に慣れないお子さんを迎えに来てるんだと思うよ」
「へえ。遠くから通ってるのかな?」
「そうなんだろうね」

 私は歩きながらその学校を眺める。校門の近くにある桜の木はすっかり花が散って、代わりに息吹いた緑色が眩しい。そのまましばらく歩くと、道路沿いの店舗は数を減らし、代わりに大通りの左右には背の高いマンションが建ち並び始めた。

「こんな都心でも、結構人って住んでいるんですねー」

 私はそのマンションをほわーっと見上げた。
 都心って、私の中では遊びに来たり、働きに来る場所だと思っていた。こんなに沢山のマンションがあって、こんなにも沢山の人が住んでいるのかと驚きが隠せない。

「都心のマンションは現役世代には人気だよ。職場が近いと、相対的に余暇に使える時間が増えるからね。独身の人とDINKSが多いけど、意外とファミリー層もいるんだ」
「そうなんですか?」
「うん。だから、うちの一番の売れ筋は賃貸ニーズが見込める30~60平方メートルなんだけれど、80平方メートル以上の広い物件も意外とニーズが高い。流通量が少ないから、いいのが出るとすぐに売れる」
「へえ」

 そんな話をしていたら、目的の物件にはすぐに着いた。話ながら来たせいか、思ったよりもだいぶ近い。赤茶色のタイル貼りのそのマンションは、築24年と言う割にはもっと新しく見えた。エントランスにはガラス張りのドアがあり、そこに桜木さんが鍵を近づけるとドアはウィーンと開いた。