広尾に大豪邸って、聞いてるだけでも凄そうだ。尾根川さんはそうこうする間に書類などを用意して鞄に詰め込んで、あっという間に事務所を飛び出して行った。
 尾根川さんか行っちゃったから、おうち探しはまた今度かな。そう思った私は見ていた物件情報を机の端に寄せた。うーんと大きく伸びをすると、こっちを見ていた桜木さんの切れ長の瞳とばっちり目が合い、私は慌てて姿勢を正した。

「藤堂さん。物件選びするなら、擬似お客様をする? 藤堂さんがお客様で、俺が接客する。シミュレーションになるから、今後のためにもなるだろ?」
「え? いいんですか?」

 自分の物件選びはまた今度だと思っていたので、私は桜木さんの提案に目を輝かせた。

「どうせ引っ越すなら、物件は選ばなきゃなんだろ? うちの手掛けた物件をみるいい機会だし、接客の勉強にもなる。藤堂さんは元々接客していたから慣れているだろうけど、勝手が違うところもあるだろうし。さっそくやろうか? 形はちゃんとした方がいいから、接客室でいい?」
「はい!」

 私はさっそく立ち上がると、接客室に向かった。

「こちらにどうぞ」

 勧められるがままに椅子に腰を下ろした。
 オフィスの一画にある接客室は、狭いけれど壁の一面がガラス張りなので、圧迫感は全くない。桜木さんは私の前に先ほどまで私が見ていた物件情報とアンケート用紙を置いて、

「こちらにご記入頂けますか? あと、こちらは物件情報ですのでご自由にご覧下さい」とにこやかに告げると部屋を出た。

「どうぞ」
「あ、ありがとうございます」
「どういたしまして」

 アンケート用紙を記入して物件情報に見入っていると、桜木さんにホットコーヒーを出されて、私は慌ててお礼をいった。桜木さんは接客室の裏側の辺りを指さした。

「裏にお客様専用のコーヒーメーカーがあるから、接客の時はそれを使ってね。俺らの使うやつよりちょっと高級なやつ。今日は特別ね」