あの時期の私は本当にどうにかしていた。
 だって、恋人に振られた腹いせに仕事を辞めるなんて……ねえ?


 ***


 うららかな春の日。
 桜前線がどこそこに北上してきたなんてニュースが毎日のように流れ、街には新生活を始めて希望に溢れる若者が溢れている。
 そんな中、私──藤堂美雪は会社の会議室で課長と2人で向き合っていた。課長は目の前に置かれた紙を読み返して、眼鏡のフレームをグイッと人差し指で押し上げると、困惑気味に私に視線を移した。

「本気なの? 藤堂さんは勤務態度も真面目だし、是非残って欲しいと思っているんだよ。早まらない方がいいよ。買い手市場とはいえ、正社員で再就職するのはなかなか難しいよ?」

 引き留めてくれることがちょっとだけ嬉しい。課長もこう言ってる事だし、やっぱり取り下げようかな、なんて思ったところで、その男──三国英二はやってきた。
 『使用中』の札がかかっているはずなのにも関わらず、英二は勢いよく会議室のドアをバシンと開け、文字通り部屋に乱入してきた。

「美雪! どういうことだよ? 辞めるって??」

 息を切らせた英二は呆然とした顔で私を見つめている。私は英二をキッと睨みつけた。

「三国さんには関係ありません。他人のことに口を出さないでいただけますか?」
「関係ないって! お前、ここを辞めて働く宛てあるのかよ?」
「あらあら。赤の他人の心配をして下さるなんて、三国さんったら優しーい」

 私は感動して泣いているかのような真似をして見せた。英二はぎりっと奥歯を噛みしめた。

「ふざけてる場合か! お前のそういう考えなしのところ、本当に治した方がいい。こっちは心配しているんだ!」

 これには流石にカチンときた。