『もしも』の話をしよう。
もしも、私があの高校に進学をしていなかったら。
もしも、私があの日、学校を休んでいたら。
もしも、彼が私の高校に赴任してこなければ。
もしも、彼が私のことを許してくれるのならば。
もしも――――。
「パラレルワールド?」
「そう!菜々はパラレルワールドってあると思う?」
そういえば二年前、それを題材にした映画があったっけなぁ、なんてぼんやりと思い出す。
どんな話だったっけ?と思い出しながら、目の前に置かれているマカロニグラタンの最後の一口を口に運ぶ。
料理が来てから結構時間が経っていたので、猫舌の私でもすぐに飲み込むことが出来た。
「あ、すいません追加注文お願いできますか?」
私がすぐに答えを出さないので、先ほどから忙しなく動き回る店員さんを呼び止め、食後のデザートを注文するすず。
ここのファミレスでよく食事をする私たちにとって食後のデザートを注文する事は、夜寝る前に歯を磨くのと同じぐらい、当たり前の事となっていた。
私が何も言わずとも、美奈は私が毎回頼むレアチーズケーキを一緒に注文してくれた。
グラタンを飲み込み、すずに「ありがとう」と一言伝える。
昼時のファミレスは様々な人たちで賑わっていた。子連れの主婦、昼休みのサラリーマン、テスト期間なのだろうか、高校生の姿もちらほら。
そんな店内の片隅に向かい合うように座る私たち。
黒のショートカットがトレンドマークと言っても過言ではないだろう。
外はねがよく似合う小顔に、大きく存在感のある目。
少し切れ長のその目が、さらに彼女の綺麗さを引き立てている。
中学の頃、すずは男の子に人気だった。
卒業してから、上京するまで会う事がなかったが、その美貌はあの頃に比べ更に磨かれていた。
私はまだ口をつけていなかったコップを手に取り、喉に潤いを与えた。
「で、どう思うの?」
二回目の質問に、コップを置いてから私はすぐ答えた。
「あるんじゃないかな」
パラレルワールド。
高校時代、学年主任の先生が、入学してから初めての学年集会でこう言っていた。
『人生は二者択一です。勉強をする、しない。大学に進学する、しない。…様々な二択がありますが、どちらを選択するかは皆さん自身です』
詳しい話は忘れたが、その言葉に納得したのを覚えている。
つまり、パラレルワールドとは、自分が選択しなかった世界を生きる、もう一人の自分。
目の前にAとBの二択があり、私はAを選びAの世界を生き進む。しかし、その選ぶ瞬間、自分がBを選択していた可能性もあるわけだ。
そこで別の世界が生まれる。別の世界とはその時選ばなかったBの世界。その世界を生きているのが別の私だ。
過去や未来に行き来するタイムマシンより、現実味がある話だと思っている。
「パラレルワールドがあったら、どうするの?」
「どうするっていうか…。いつの自分に戻って、選択を変えたい?」
「そうだなぁ…」
意識的に選択をして道を選んだ事もあれば、無意識のうちに選択をして選んだ道もあるだろう。
例えば、大学に進学すると決めたのは、私が意識的に選択した大きな出来事だ。
逆に無意識のうちに選択したものは何だ?と考えても、それはすぐに出てこなかった。
無意識なのだから、当たり前か。
「私は―――」
いつに戻って、選択をやり直そうか。
「人生最初からやり直したいわ」
「そ、れ、な!」
ハハハッと大きな笑いが起こるも、賑やかなファミレスではそんなの雑音の一つと捉えられ、誰も私たちを気にする人はいない。
そこから話題は最近のお互いの趣味の話だったり、大学の話だったり、他愛のない会話をした。
***
「また来月ね!」
そう言ってファミレスを出て、その場ですずと別れた。
すずはこの後バイトがあるというので、そのままバイト先に向かっていった。
私は、特に何も予定がないので、そのまま歩いてすぐの駅に向かう。
肌に触れる風は、まだ少しだけ冷たさを感じた。
改札をくぐり、中央線下りのホームに立つと、ちょうど電車がホームにはいってきた。
オレンジ色に塗装された電車が、目の前でゆっくりと止まり、音を立てて扉を開けた。
スマートフォンにイヤホンを繋げ、お気に入りの音楽を流すと、電車が動き始める。
ゆっくりと流れていく景色を見ながら、ふと、沙也加の言葉を思い出した。
『パラレルワールドってあると思う?』
すずの言葉が頭の中をグルグルと回る。
今、この瞬間も、別の世界では、私だけど私じゃない人がいて。
それは必ずしも一つではない。
私は生まれて20年、何度もいろいろな選択をして、今の私がいる。
そのたびに、別の世界は生まれる。
私が今いる世界をAとしたら、別の選択肢をし、その未来へ進んだ私はBの世界にいることになる。
別の世界の私からしたら、今私がいるこの世界こそが別世界なのだ。
だとしたら本物の私は、どこにいるのだろうか。なんて。
あ~…もう。
考えすぎて分けわからなくなってきた。
少しだけ音楽の音量を上げる。
窓の外を見ると、立ち並ぶビル群が。
地元とは違う景色にも、もう慣れた。
『いつの自分に戻って、選択を変えたい?』
もしも、過去に戻って選択をやり直せるのなら、私はいつの時代に戻り、別の未来を選択するのだろう。
パッ、と思い浮かんだのは中学三年生と、高校三年生の頃の私だった。
中学三年生に戻れるのなら、私はあの高校に進学しない選択をするだろう。
高校三年生に戻ったのなら、彼と関わらない選択をするだろう。
だって、彼はきっと、それを望むから。
【二人の髪を揺らす風が同じで~♪二人が過ごし時も~】
イヤホンから流れる音楽にハッと我に返れば、視界がぼやけ、瞬きしたらそれは溢れてしまう程たまっていた。
涙を溢さないようにそっと瞳に蓋をする。
暗闇に包まれるそこは、いつだって私にあの頃を見せてくれる。
見慣れた街並み、聞きなれた声。
思い出すことは出来るのに、もう二度と、この街にはもちろん、あの街にも、同じ風は吹かないのだ。