「嫌な過去はさておき、まあ、とにかく、さっさと考えた方がいいな。物事は手早く終わらせるのが一番だろうし……う~ん、次は何にしょうか」

 頭で名称を考えている間も、両手はカチャカチャと検索バーに『将棋 ゲーム』と打ち込む。エンターキーを押すと同時に、無数のゲームタイトルが引っかかった。

 反射的に検索してしまったのは習慣だろう。何か、手持ち無沙汰になると、身体は何でもいいからやる事を欲(ほっ)するらしい。人々が空き時間に携帯を弄(いじ)るのと同様に、秀一にも当てはまる癖(くせ)であった。
 出てきたタイトルを眺めながら、秀一は悦(えつ)に浸る。思い出の詰まったタイトルもあれば、ワクワクさせられる新作タイトルも見受けられる。それらを嬉々(きき)とした表情で見ていると、まずいまずいと自分の首を振った。名前を考えねば……。

 一端、ネットから視線を外し、秀一は上京してからずっと住んでいる部屋を見た。

 部屋を見渡すと、往年(おうねん)の名作ポケットモンスターの『ルビー』、『パール』、『エメラルド』のゲーム棚に目が留(と)まる。

「いや、ダメだ。あれは一度使って、最低100人抜きはしてる」

 次に本棚を見た。最近の青少年には珍しく本棚は隅(すみ)から隅(すみ)まで将棋の本で埋め尽くされていた。無論、ライトノベルや漫画の類(たぐい)は一切(いっさい)ない。寧(むし)ろ、世間のカルチャーに乏しい棚は見る人に窮屈(きゅうくつ)さを感じさせる空間だろう。しかし、秀一にとって、それは将棋の示す無限の可能性であり、自らが気を許せる最高の友人でもあった。社会と関係を断ち、シャッターに囲まれた檻(おり)に閉じ籠った秀一には、先人の築いた苦難と栄光の棋譜(きふ)こそ、彼が人生で唯一頼れる希望であった。時代の天才たちが残した棋譜には一手一手に感情がこもり、その感情と真正面から対峙することが秀一にとってはこの上なく、楽しかったのだ。少なくとも、日々を生きる糧(かて)にはなっていた。人生を掛けて将棋の根源を探ろうとした棋士の中には将棋に没頭する余り、世間から疎(うと)まれた者も多い。そういう者たちは往々(おうおう)にして乞食(こじき)となり、就職できずニート暮らしをしている自分と重なる部分が多々あった。


「社会なんて正論を振(ふ)りかざすペテン師しかいない。真の理論を懸命に追おうとする者に嘲笑(ちょうしょう)する奴らは真のバカだ」


 ポツリと悪態(あくたい)が漏(も)れる。


「だから、俺にはまだ時間が必要なんだ。そのためにも、先人の功績を受け継いで、新たな理論を完成させないといけないな」


 力の入った握り拳を脱力させると、ドカッと背もたれに持たれかかり、目をつぶった。

 ……まったく世界なんて、不公平の塊だ。

 対局直後からアドレナリンが減少してきているようで、疲れから次第に瞼(まぶた)が重たくなっていく。