ペットボトルを持って病室に戻るとき、反対側から二人の女子が歩いてきた。同い年くらいの高校生だ。俺と同じように片足にギブスをはめて松葉杖をつく女子に、隣を歩く制服姿の子が身振り手振りで熱弁している。
「なんとなんと! 高木と一緒になっちゃったんだよ〜!」
「うっそマジで! でもあんた、高木くん結構かっこいいとか言ってたじゃん」
「ないないない! だってめっちゃうるさいし授業中とかもちょっかいかけてくるんだよ!? あいつが隣の席とかもう今後が思いやられるよ…」
隣の、席。
────────俺たち隣の席同盟だから
「え?」
ふ、と突拍子もなく自分の声が脳の髄から聞こえた。
呼応するみたく次第に呼吸が早くなり、小刻みに、一つ一つ、多分自分が無意識に隔離していた空間から忘れていた記憶が急激に浮上してくる。
────────ごめんね、久野くん
────────なんで星村が謝るんだよ
「あ、」
記憶のパズルはほぼ粒子化していて、型に嵌める事もままならない。でもそれぞれが意志を持ってあるべき場所を把握していて、光の塵は急激に夜を駆け、物凄い速度で集積していく。それが落雷みたく一気に地上に落ちた途端、堰を切ったように断片的な情景がフラッシュバックする。
「…っあ、」
彼女の笑顔。辛そうな顔。泣いていた顔。あの時伝えたかったこと。思い出したから走ったんだ。繋ぎ止めたかったから救おうとした。知ってたから。俺が。俺だけが、彼女が強くないことを。
“───怖いね、【児童虐待】だって。
双子だよ。おにぃ、今のご時世、ふつうに生きていられるだけで奇跡かもね”
“あー。そうな”
“ちょっと。聞いてんの、おにぃ”
“聞いてる聞いてる。なぁお前ハサミ貸してくんない?袋とじ開かねーわ”
“もうおにぃサイッテー!!”
遠い夏の日。尻目に見た、テレビ画面に映し出されていた双子の名前。星那と月菜。
小学生の頃。通りすがった病室で見上げた読めない漢字のネームプレート。深い青。───星村深青。
ミオが持ってるペンダント。あの遺骨ペンダントを渡したのは、託したのは、泣いていたのは、見つけたのは、
──────────やるよ
どうして俺は、こんなに一番、大切なことを。
「星村…っ」