混濁した意識が鮮明になったころ、妹が俺に何があったかを説明してくれた。

 一ヶ月前、俺は横断歩道を歩行中、信号無視して交差点に侵入してきた乗用車に跳ねられ意識不明の重体に陥ったんだそうだ。
 すぐさま病院に搬送されたものの突然のことで、回避もままならなかった俺の打ち所は悪く、一命は取り留めたものの、この意識を取り戻すかどうかは五分五分だったという。

 そこまで聞いたところで、一ヶ月の夢の中で過ごした一週間・その辻褄が合致した。



 入院初日、あたかも初めての体で妹とした会話が小三の時、骨折で入院した頃のやり取りとほとんど同じだったこと。

 だからこの歳で、既に逝去した母の元に走る妹に違和感を覚えたこと。

 母が迎えた最期の夏、初めて出逢った祖父と田舎で将棋対決をしたこと。翌年、スキルス性胃癌でいなくなるじいさんが賞金の貯金箱を、帰る最後の日に俺に託してくれたこと。

 小学生の頃憧れた、斜向かいに住む看護学生の麗央那ちゃんが。暑い夏の日、海に向かった高速で酒や煙草に明け暮れる彼氏と交通事故で死んだこと。


 夢の中で。入ったら二度と戻れない隔離病棟に向かったとき、俺のことを呼び止めた声が多分母さんだったこと。


 …他のみんなのことはもう、正直よくわからない。

 でも。最後の夢で見た拓真は、俺が実際に9歳の頃経験した過去なのは確かだ。
 でもこの法則でいくと、拓真や、あの子は。みんなはもう。





 窓の外を見ていると、ひょこっ、と生首が大部屋の入り口に現れた。ポニーテールの生首は、俺を見つけるとびし、と右手を空に突き出す。


「よっ」

「…また来たのか」

「あー! そういうこと言う? 世界でたーったひとりの妹が最愛の兄のことを思って毎日お見舞いに来てあげてるーって言うのにそれも寝る間も惜しんでさあ! あー私ってば超健気」

「自分で言うなや」


 俺が目を覚ましてから一週間。

 世界は何事もなかったみたいに、まるで平和に回っている。