(だってそしたら俺たち家族)

「…離ればなれになっちゃうじゃん」


 トイレから戻る帰り道、廊下で自分の手の平を見て、きゅっと握る。そのまま下唇を噛み締めているとがしゃん、と何かが倒れる音がした。

 廊下の向こうの方だ。転かされた車椅子の前に同い年くらいの男が倒れていて、それを三人のやんちゃそうな奴等が取り囲んでいる。


「立てよ拓真。転かしたくらいなら立てんだろ」


 いかにも、やんちゃ代表って感じの男子だった。廊下に倒れた少年を笑いながら見下げていたそいつは、少年が起き上がるのに苦戦してるとわかると突然きっ、と牙を剥く。


「てめぇ大袈裟なんだよ! 知ってんだかんな拓真、お前が実は健康なのにズル休みしてるって! 元気なのに学校に来ないなんて卑怯だぞ!」

「───…誰かが、そう言ったの?」

「見りゃわかんだよ、車椅子乗ってるだけで管もなんもつけてない、そのくせ平然と病院うろちょろしやがって! ズルだってみんな言ってる、卑怯だって、」

「そっか。僕、元気だって思ってもらえてるんだね。嬉しいよ」

「───! お前のそのスカした態度がいっちばん腹立つんだよ!」

「お前ら何やってんだよ!!」


 怒声を上げて一気にそいつらに立ちはだかる。今にも少年を蹴ろうと足を上げたやんちゃは足を降ろすと、目を細めて眉を顰めた。


「誰だお前」

「誰でもいーだろ」

「うん…? はっ! 思い出した! こいつ、朝礼で校長が言ってた階段から落ちた三年じゃん! 昼休み救急車で運ばれた!」

「はあ!? だっ…さ! つか下級生が楯突いてくんじゃねーよ階段から落ちた鈍臭いマヌケが!」


 ひゅん、と拳が飛んでくるのをすんでで避けてがぶっ、とそいつの腕に噛み付く。途端、狂ったみたいにやんちゃがぎゃあっと悲鳴をあげた。


「いっだぁあ!! 折れた! うわぁあぁんぜってー折れたぁあ!」

「タケル!? 噛み付くとか反則だろ、こいつ頭おかしいんじゃねーの! いこーぜ」

「うわぁあぁん!!」


 泣き喚いて退散する三人を見送って、ふんと鼻を鳴らす。


「けっ。口ほどにも無い奴らめ」


 三人で一人を相手にしようなんてどうかしてる。俺だって足折れてんのに反則も何もあるもんか。まず怯ませる目的でそこまで強く噛んでないし。
 歯が気持ち悪い、と顎をさすってからはた、と思い出して振り返る。

 咄嗟に倒れ込んでいた男に手を貸すと、そいつはごめんね、と小さく呟いてからそっと車椅子に腰かけた。

 病的に白い肌をした、黒髪の、青みがかった瞳。


「ありがとう、助けてくれて」


 微笑まれて、控えめにこく、と頷く。

 さっきのやんちゃの口ぶりからするに年はそう変わらないはずなのに、それは世界の雑音全てを搔き消したような透明で、落ち着いた声だった。大人びていて、女子顔負けの品がある。中性的で整った顔立ちは、同じクラスの女子が見たら息を呑んで言葉を失くすレベルだろう。実際、男の俺ですら言い淀んだ。


「…ぁの」

「きみ、何年生?」

「…三年」

「そっか。じゃあ一つ年下だ」


 伏し目がちで「よく、からかわれるんだ」と続いた。さっきのやんちゃ達のことだろう。それをでも、煙たがっているわけでも、嫌がっているわけでもないように見えた。黒髪は、それよりも自分の不甲斐なさを悔やむような声で言う。


「僕がこれから死んでもし、誰かの夢に出ることがあったら。そのときは病気だって疑われないように、管でもつけてたらいいのかな」