頰を浚う夜風はあの日、家族が名前を失くした日と同じ香りがしたのに、なぜかどこか柔らかかった。
「母さんは伝えたかったんだと思う。
命は繋がってること。
死んでしまったら全てが終わりじゃないこと。
俺や妹を残して先にいなくなるってわかった瞬間、どうにか俺たちを悲しませない方法をあの本で伝えようとしてたんだ」
「私も同じ。あの物語を一番大切だって思うのは、
私も“忘れられない贈り物”を持ってるからなんだ」
丘の上で座って話していた俺に、立ったままでいたミオが振り向く。まただ。出逢った頃からずっと、ずっと思ってた。
どうしてミオは俺の前でいつも、
─────────泣きそうな顔で笑うんだ。
「ありがとう、話してくれて」
きゅ、と自身の、蒼色の光を放つペンダントを大事そうに握りしめるミオに、俺は首を左右に振る。
とたん瞳に溜まっていた涙がぽた、と頰に落っこちて、すぐそれを手で払った。
受け入れるのは、怖い。
過去になるのは、怖い。
生きていくのは、途轍もなく怖い。
死をもって生きることを知らしめられるなんて、思っても見なかった。
「恭平は、強いね」
「どこがだよ。泣いちゃったわ」
「知らないの? 涙の数だけ人は強くなるんだよ」
くしゃ、とまたいつかの時みたく犬猫にされるように頭を撫でられて、無邪気に笑って隣に座るミオを見る。 ここにいるのに、隣にいるのに、どこか全く別の場所を見ているような、その双眸。
「あたしはまだ夜が怖いから」
透明な声が、夜空に溶けて消える。
呼吸をしても形で見えない今日だから、そこにミオがちゃんといるのか不安になった。でも体温は、確かにある。この暖かさを、どこかで感じたことがある。
俺はこの感覚を、知っている。
「…お前といると、なんでか懐かしい気分になる」
でもどこでだかわからない。違和感が既視感に変わって、それを手探りで探すのにどうして、掴めない。歯がゆくももどかしい記憶の森を掻き分けていると隣の温度が荒く、揺れた。
「…ミオ?」
「───」
「! おい、」