病院内の廊下を歩くために、松葉杖の足を拭いた。
本来であれば窓からそのまま外に出て病院の外へ出て行く予定だったんだが、小さい頃同じように窓から逃げだそうとして見つかった時、今の角部屋に移されたらしい。そして他の子どもたちもその例に倣わないよう、病院は対策を考えた。
「単純に窓から外に出るだけじゃ、病院からは出られないんだ。二階のナースステーションを通って、廊下の突き当たりにある非常階段から一階に降りなきゃならない」
なるべく松葉杖の音鳴らさないで、と無茶まで言われて攫いに来たはずのピーターパンはヒロインに明らか遅れを取っている。
廊下に松葉杖特有のてんけ、てんけ、という音が響かないよう細心の注意を払いつつ先を急ぐ。
当然だが、夜だけに辺りは真っ暗だった。患者の寝静まった暗闇は妙な静寂に包まれていて、果てなく続くように見える廊下はどこか、物々しい雰囲気がある。
「…なんか、やっぱ夜の病院って雰囲気あんのな」
「怖いのかよ」
「はは、んなわけ」
あるか、と強がって笑った瞬間天井の電気が消えかけてビクッと大袈裟に飛び退く。おいやめろそういう演出! とブチギレそうになったらミオにしー、と指を立てられた。違うんだって今のこいつ(電気)がさ!
気を紛らわすためにも過剰に左右後方確認しする。今のところ、ナースコールを誰かが鳴らさない限り看護師の巡回も無いみたいだ。エレベーターは使わず、階段を目指す。人気がないかミオが先に確認し、こく、と頷く。
病み上がりが抜けるには難関地点だ。松葉杖をミオに託し、今から一歩も踏み外さずに階段の手すりを持って片足で二階に上がらなきゃならない。ふ、と息を吐いて唾を飲む。そして手すりをきゅっと握ったところで、
「……恭ちゃん?」
────────俺とミオは二人揃って青褪めた。
「………る、るな?」
咄嗟に振り向くと、廊下の真ん中にいたのは眠たげに目を擦っているルナだった。
大きめのパジャマに寝癖満載。寝惚けてるのか、俺を呼んだくせになんだかふにゃふにゃ言っている。
「……どこいくの…?」
「あ、え、あっ……ぇや、これはそのえ───っと…」
「おしっこ…」
「は?」
「もれちゃう」
「は!?」
その場で下を脱ごうとするルナを小声でばかばかばか、と引っ捕らえる。トイレ。トイレって。トイレどっちだ!?
「恭平!?」
「お前は先に行け。後から必ず追いかける」
「それ映画で死ぬ間際の奴が言う台詞だぞ!」
「死んでも後から追いかける!」
「怖いわ!」
ここは俺に任せろ、と後ろ手であしらう仕草をしたらミオがはっとしたように俺を見た。でも訝る俺にきゅっと表情を固めたミオはすぐ上へと駆けて行き、それを確認すると俺もルナを抱き上げて近くのトイレへと急いだ。