「乙女の部屋に一人で挑んでくるとは拙者、大した度胸だな」
こつん、と後頭部を小突かれて、俺は降参の合図も兼ねて静かに両手を挙げる。半目になりつつ、薄ら笑いを浮かべて
「…何キャラだよ」
「こんなん好きそーと思って。嫌い?」
「超好き」
素直に言ったのにきめぇ、と間髪入れず返されて言葉に詰まる。お前、と振り向いたら隣に屈み込んだミオの肩と俺の肩がぶつかった。
透けるような白い肌、以前まで目にかかるくらい雑破に伸ばされていた前髪はその日、目の上できちんと切り揃えられていてミオの顔がよく見えた。
大きな猫目に、左目の下に申し訳程度に添えられたほくろ。桃色の唇までばっちり視認したところで、ぱっと振り向いた相手にすかさず正面を向く。
いや違う。ときめいてなんかない。
「なんかお気に入り見つかった?」
「…の前にお前、もっと俺に聞くことあるだろ」
「なんでいんの?」
「お前がちょっと目ぇ離したらすぐホイホイどっか行くから探したんだよ」
「おすすめはねー」
「言わせといて無視すんな!」
本気で吠えてんのに右から左だもんな、むしろ感心するわ。なんのためにお前に言わせたと思ってんだと口を尖らせるのに、ミオがわざとみたいに真新しい絵本を手に取って自分の腕に重ねていくから、何を伝えたいのか気づいていたことを、あえてわざわざ知らしめられた。
「ごめんね。恭平が言ってた絵本、探したんだけど、見つけられなかった」
「…そのためにこんなに、新しい絵本、買い漁ったのか。よかったのに別に、俺探して欲しいなんて頼んでないだろ」
「うんまぁそうなんだけどさ。あたしが読んでみたかったから」
前に俺がミオに話した本を見つけるために、片っ端から命にまつわる絵本を集めたんだそうだ。でも予算に限りもあるし、病院から出られないミオはそれをネットや看護師に頼み入手して並べた。
眠れない夜にそれを読んだりして。感動する絵本は多く、それでも俺が読んだものがないと知って、肩を落としたらしい。
「あたし、本を読むのは嫌いじゃないんだけど、物語って少し苦手だった。
振り回されてさ、その作家に。ジェットコースターみたいに縦横無尽、乗ってる間はすごく楽しいのに、終わりがさ、急にレールを失って投げ出されるみたいな感覚に陥る気がして」