「…今時日本に圏外なんてあんのかよ」


 冴えないスマホのディスプレイの左端に、アンテナは立っていない。

 あのあと、レオナちゃんがいなくなってからも一人で何度かトライしてみても、ちっとも状況は変わらず。普段なら病室に置いたままのスマホも小児病棟に向かう途中でひょっとしたら繋がるかもしれない、なんて淡い期待をちょっとでも抱いた俺がバカだった。

 病院でスマホ持ち歩くなんてただの歩く人体被害だからな。そう切り替えて早々に電源を落とし、患者衣のポケットにねじ込むけれど、なんだか粗相をしてる感が否めない。


「…やっぱ一旦置きに戻ろっかな」

「えーっ、じゃあじゃあ、お二人が結婚するきっかけって、なんだったんですか?」


 通りかかった病室で、談笑する大人たちの声が聞こえた。

 どうも恋話談義に花を咲かせているらしい。

 新婚と思しき若い夫婦の旦那の方は腕にギブスを巻いていて、興味津々そうに前のめりになる若い看護師の問いかけに、傍らにいた女性が旦那と目を合わせてから肩を竦める。


「…このひとです。初めは眼中にもなかったんですけど、仕事先にも通い詰めるくらい、ずっと結婚してくれ、結婚してくれーって聞かなくて。

 なんでも、“きみは僕の初恋のひとだから”、って」



────────初恋のひとに、もらった



 ふとそこで、透明な声が通り過ぎた。


───…ミオの初恋のひとって、誰なんだろう。

 エレベーターに乗り込むとまた、いつかに聞いた拓真の声を思い出した。それは拓真が探し物をしていて、あいつが欲しがっているのはその「物」自体ではなく、そうなるに至った理由…経緯が思い出せない、といった内容だった。

 元々ミオが持ってるペンダントは拓真の「形見」だったはずだ。ってことはミオの初恋は拓真ってことか?


 いや、ない。

 ミオは9歳の頃にそれをもらったって言ってたし、ミオが今俺と同じ18歳だとしても、そのとき拓真は1歳で、赤ん坊が9歳の子どもにペンダントを渡すなんて現実的に考えて有り得ない。そもそもミオは自分の身につけてるそれが拓真のペンダントってことも知ってるかどうかわからないし。

 じゃあミオにペンダントをあげた人間って誰なんだ。