「さっきまでグズってたんだぜ、そいつ。ほんとガキは“やっかい”だよな」
「お前と年齢そう変わんねーだろうが」
「んだと!?」
「しーっ!」
人差し指を突き立てるルナに宥められる、セナと、俺。
それが癪に障ったのか、今にもふんすと鼻息を噴き出しながら拳を振るいそうなセナを無視して、すやすやと寝息を立てる赤ん坊を覗き込む。
自分の身内に赤ん坊が生まれたこともないし、思えばこうして間近でついたったいま生まれたばかりの子を見るのは初めてだった。
子どもが特別好きだというわけでもない。
それでも、興味本位で伸ばした人差し指を、その赤ん坊が眠りながら、手探りできゅ、と確かに握った時、母性とも違う、腹の底から込み上げてくるものがあった。
言葉にすると拙いけれど、命ってすごい、と。
「…まだ、こんな小さいのに」
「息してるんだもんな。すげーよな」
拓真の車椅子の後ろで呆然としているミオに振り向いたら、眉間に皺を寄せて、きゅっと口を結んだ。
お前もこっち来いよって手招きするのに、ミオは怖い顔で左右に首を振るだけだし。セナはセナで、物珍しそうに赤ん坊に寄り付く俺たちがよっぽど気に食わなかったのか、「そんなに“しんざんもの”が好きかよ“にわか”め、」とか言いながら屋内へと入ってしまった。
あいつ何気5、6歳のくせに難しい言葉知ってるよな。
言ったら調子乗りそうだから絶対言わないけど。
拓真と目があった。
年齢にそぐわない大人びた風貌は健在で、目で意見を求める俺に、拓真は赤ん坊に目を伏せる。
「ここにあるのは、命の縮図ですね」
「え、な、何? 命の何?」
なんかまた難しいこと言いだしたよ、と耳を疑う俺に拓真は「縮図」ともう一度口ずさみ、中庭の遠くに目を向けた。
「ここへ来て、そうですね、もう随分立ちますけど。たくさんのものが生まれて、消えて、入れ替わってきました。
その繰り返しを見届けているとどうしても“慣れ”が生じてしまって。当初感じていた情緒が薄れていく中で、“正解”を考えるようになっていました」
この小児病棟に入院する、新入り、それとも全てのことだろうか。
生きること。死ぬこと。
この場所に長くいたら数多く、もう星の数ほどの命の誕生と喪失に出会し、そうしていると感覚が麻痺してしまうのかもしれない。俺は言っても、来て数日だ。火が消えた瞬間にだって直面してない。でも、拓真は。幼少期からここにいる、ミオは。
感性も、削がれると人は死ぬんですよ、と拓真は言う。
「事故や病気で命を落とすことよりも、僕にはその方がよっぽど怖いことに思える。命があっても、何かに感動出来なくなるなんて、生きながら死んでいるのと同じだ」