「置いてくんじゃねーよ」
扉が閉まる寸前、松葉杖を引っ掛けて待ったをかける。驚いたミオが渋々開ボタンを押したことで、俺は何とかエレベーターに乗り込むことが出来た。
ドラマや映画なんかでよく見るだだっ広いエレベーターなんてのは、大学病院でもない限りそうそうない。ごうん、と重苦しい音を立てて稼動するそう広くない室内に、もうさっきまでの冗談めかした空気みたいなのは一切存在しなかった。
人が変わったようなミオの華奢な背中を眺めてから、ふと湧いた疑問を胸に天井に目を向ける。
「…なあ。お前、家族は」
「いるよ。父親と、母親が」
「んなこたわかってんだよ。お前に会いに来ねーのかって聞いてんの」
「…」
「ミオ、」
チン、と音が鳴り、扉が開く。
エレベーターを出る間も無く、目の前にいた車椅子の少年と二人揃って目があった。
「ミオさん。新入りです」
☾
拓真に連れられて辿り着いたのは、よく子どもたちが揃って遊んだり、会合をする多目的ホールではなく小児病棟と直結している病棟の中庭だった。
以前双子二人とかくれんぼをした際、建物沿いに外に出たことはあったが、こんな風になっていただなんて。
建物と建物の間に囲うように作られた中庭は花壇の中を色とりどりの花が占めていて、花壇のない場所はルナが決まって摘んでくるシロツメクサが一面に広がっている。
その一角に、ベビーベッドがぽつんと置かれていた。
ベビーベッドと呼ぶには華奢な骨組みは西洋のそれをモチーフにしているのか、遠くから見ても耐久性に少し心許なさを感じる。それでも、ロッキングベッドは帆をかけられるようなデザインがインテリアのようにも見えて、その空間に酷く馴染んでいた。
傍に、セナとルナがいた。
セナは俺や拓真、ミオの到着に気づいて顔を上げるとその場に佇んだまま。一方ルナは寝台に身を乗り出して、目を閉じて柔らかな毛布に包まれている赤ん坊の周りに、例によってシロツメクサと、四葉のクローバーを添えているところだった。
「いま、眠ったところだよ」
さく、さく、と地面を踏みしめて、恐々とベビーベッドに歩み寄る。
まだ毛も生えてないような、赤ん坊だった。
本当についさっき生命の芽を開いたばかりの赤ん坊が、陽だまりの下、口を薄く開き、きゅっと手を握って、ぎこちないながらに呼吸を、している。