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「エロ本のチョイスに関しては改良の余地ありだな」


 人妻ナース、調教、SM、エトセトラ。

 あまりに暴力的な言葉が並ぶ雑誌を手に取ったところで、健全な男子高校生が手放しに喜ぶと思ってんのか。もっとせめて健康的なのにしろよ、これ喜ぶの爺さんたちばっかだろ知らんけど。



「まいどー」

 遠路はるばる病室から院内のコンビニまで赴いたってのにこの仕打ちはない。

 結局雑誌は買わず目に付いた将棋の本とバナナ、パック牛乳を買って渋々病室にリターンする。左足が折れた今、直立一足歩行とはいえ松葉杖一つで人間そこそこいけるもんだ。

 はじめこそ脇痛いとか使い勝手に文句を垂れたが、使い慣れた今ではもはや左足も同然。


「あとは同室に誰かいたら話し相手の一つも出来んだけどなー」

「鈴木ちゃん、目の下すーっごいクマ!」

 ちびりちびり飲んでいたパック牛乳のストローがずこ、と音を立てた。

 視界のはたに見えたナースステーションの中、二人の看護師が向かい合って談笑している。その片割れは遠巻きから見ても顔面蒼白だった。


「うわやっぱり化粧で隠せてない…? もうむり眠い」

「まーた【長】の仕業ですか」

「ほんっと酷いよあの子…眠れないからって夜通し暇潰しに付き合わされてさ、寝かけたら発狂するしこっちはほとんど一睡も出来なかったんだから」

「病気だから仕方ないけどねー」

「いくら病気だからって夜勤が一睡も出来ないなんて重度すぎ。拘束器具なり何なり使ってさっさと隔離病棟送りにした方がいいと思うわ」

「無理無理。あの子には鎹(かすがい)がいるもん」

「マジほんといい迷惑」








 体力的に疲れていたのか、階段から転げ落ちてから丸一日寝こけていたわりにその日はすぐに眠りについた。

 部屋に戻って、病院食の後、夜食と称してバナナを貪りながら窓の外を見る。夜に浮かぶ月を眺めながら、ナースステーションでのやりとりが確か、眠りにつく寸前まで頭の片隅にこだましていた。