「じいさまお医者さんだったんだな」

「…童か」

「俺の見立ては間違いでなかったってことか」

「見立て?」

「うってつけだろ。“じいさま”」


 ふふんと得意げに鼻を鳴らしながら駒を指す。


「俺ってどうやら人を見抜くセンスに長けてるらしい」

「自惚れるな、見かけで判断してるだけだろう」

「あ、バレた? でもじいさまは風格出てたよ。初めて会った時から。ただもんじゃねえなーって」

「…遠い昔の話だ。人に神様だなんだと讃えられて、自身に驕っていた青い頃の。他人に没頭するあまり女房の異変に気付かず知った時には手遅れだった。それを機に家を出た一人娘は、一度だけ孫を預けに来たっきり。

 …娘も女房譲りで心臓が悪くてな。そこを患ったんだと思ったら、蝕んだのは全く別の病気だった。よく憶えてるよ、会いたくなかったんだろうに。頼る相手が私しかいなかったから、仏頂面で「一夏だけこの子を頼む」と頭を下げてきた。皮肉にも医者の娘だ。自分が余命幾ばくもないことを知っていて最期までもがいていた」

「…」

「娘の訃報を知ったのも、亡くなってからだ」


 将棋盤を睨むふりをして、目を瞠った。

 だけどすぐさま何事もなかったみたく「そっか」とだけ返した。ここで同調したり、慰めたりするのはなんだか違う気がしたからだ。必要以上に踏み入らない他人だから、じいさまは俺にそれを話した。きっとそうに違いないなら、これ以上踏み入る理由もない。「友だち」の枠を越えたところで、所詮。

 だから案の定、じいさまは話題を逸らした。


「お前、自分の容態はどうなんだ」

「見てのとーり。てかんな簡単に骨繋がんねーよ」

「手術がどうとか聞いたが」

「あぁ盲腸の話? もう終わったよ。おかげさまで昨日、てかどこ情報」

「規模の割に人が少ないからなこの病院。情報の一人歩きが早い」

「どうなのそれ、今時訴訟モンだっつの。告発してやろうか」

 悪戯に吹聴のモーションをして見せてからじいさまに左右に首を振られる。ちぇ、と口を尖らせていれば、静かに問いかけられた。

「…怖くなかったのか」

「たかだか盲腸だろ。なんかよくわからんけど悪いとこ取り除いて切って繋いでハイ終わり。周りが抱えてる痛みと比べたらちょちょいだよ」