「いでで」
二時間近く眠っていたみたいだ。
寝返りを打たなかったのか腰が痛く、起き上がるなりぐっと伸びをする。体が凝り固まっていたのか、バキバキ、と背中が鳴った。
時刻は14時を回っている。俺の盲腸の手術は16時か17時か、確かそこらへんだったからまだ時間に余裕はあるはずだけど。てか手術当日の患者ってこんなフリーな感じなのか。あまりにも野放しにし過ぎじゃね。…付き添いとか無いからだろうか。
手術当日は9時まで食事は摂っていい、とのことだったけれど、それ以降は絶飲・絶食との説明を受けた。朝軽く食べたっきりで飲み食いなしとなると腹も減る。呼応するようにくう、と間抜けな腹の音が鳴ってわかってるよ、と思った。食事はまだしも絶飲ってのも結構キツい。
「…気晴らしにでも行くか」
病院の図書コーナーは小児病棟の近くにあったはずだ。キッズスペース、所謂ミオたちがいつも集まっているそこは多目的スペースにあたる。ロビーのコンビニ近くにも確かこじんまりした書店があった気がするが、恐らく小児向けの絵本なんかは置いてない。
俺が昔に読んだあの絵本はあるのだろうか。
純粋に興味本位だった。てんけ、てんけ、と松葉杖を突いて廊下を歩くと、エレベーターに乗り込んで一階のボタンを押す。数秒経ってから鈍い音と共に扉が開く。
もう見慣れた景色を数歩歩いてから、あれ、と思う。妙だ。
「………人の気配がしない」
いつもなら、エレベーターが開くなり遠くの方で子どもたちがはしゃぐ声や、廊下に出ればひとたびその姿が見られた。でも今日は声どころか、人っ子ひとり見当たらない。…天気がいいから外で遊んでるとか? 集団検査の日とか。いやまさか。
そこでどこからともなくワゴンを押すような音がして、反射的に部屋の扉に隠れる。なんで隠れたかはわからない。でも完全に勘だった。ガラガラガラ、と激しい音を鳴らして廊下を通りすがったのは、看護師二人だ。
「───で、首は縦に振ったわけ?」
「全然。長いこと説得が続いてるみたいだけどだんまり決め込んでるらしいわよ」
「かれこれもう二時間になるじゃない、なんのために他の子達を外にやったと思ってるの…最後まで手がかかるんだから」
「だから先生も強行手段に踏み切ったんでしょ」
遅いわよ、なんてやりとりがワゴンの車輪の音にかき消される。他の子達を外へやった。強行手段? 訝しみながら彼女らの行く先を目で追い、ぐっと細める。と、小児病棟の奥、ミオの部屋に人集りが出来ていた。