嘘だから! と叫ぶ俺に俺の病室でもある大部屋の入り口まで歩いて行ったミオは、ジト目でゆっくり振り返る。既にベッドに腰掛けた俺が何もしない旨を両手を挙げて弁明すると、渋々奴は戻ってきた。自意識過剰な女め。誰がお前なんか、とか心中の語りを悟られたのか骨折した左足を蹴られて悶絶する。
そうこうしていると俺が座るベッドの隣にミオが腰掛けて、開いた医学書を覗き込んだ。
「…古い医学書。拓真が持ってたやつか。借りたの?」
「いや。これ拓真のじゃないらしい」
「え、じゃあ誰の」
「ちょっとな」
さっきまで読み進めていた“小児の病気”にまつわるページを開き、本の反対側をミオの太腿に置くようにする。そして二人して覗き込んで文字を目で追ってから、
「字が小さすぎて読めなァい!」
「恭平。目、悪いんかよ」
「いや1.0」
「普通にいいじゃん」
「視力の問題じゃないよ読ませる気の問題だよこの医学書に難ありってこと。こんな蟻みたいな字ぃ見てどうにかしたいとか思わないもの」
「まぁたしかに。ここに載ってるのはあたしが知ってる知識とほぼ同等のものだし、なんなら古いから更新されてる内容もあるね」
「借りてきた意味」
「夜驚症は多くその治療法が定められてない。基本が小児の頃に発症してから大人になるにつれて軽減され消失するって言うし、その後は常人とまるで変わらない日々を送るから。
ごく稀にあたしみたいな極小の薬物療法に頼ってる人間もいるみたいだけど」
「…以外の治療法には個人精神療法やら集団精神療法が一般的ってなってる」
患者と治療者の1対1の人間関係を基礎とした、もっとも基本的な治療法。患者は、治療者によって、支持的な慰め、自分が生きていくに値する人間であるという保証などを受けながら、自分の病気の原因や状態を理解し、洞察を進めていく。その過程で、感情が発散され、浄化作用(カタルシス)がおこる…らしい。
「…個人でも今まで何人かカウンセラーはついてくれた。でもこの歳であそこまでってのはほら、珍しいからさ、どんなにもっても三日。あとはみんな尻尾巻いて逃げるわな。集団は隔離病棟で行う集中ケアのこと。聞こえはそれ、実際はモルモット扱い」
「つーかさ。夜驚症ってそもそも発狂? してる間は半覚醒状態かその大概が記憶ないってなってるけど、お前今朝俺のこと見つけたじゃん。ミオは記憶あるのか」
「昔は覚えてなかったけど程度が重度になるにつれてなんとなくわかるようになってきた。客観視というか、発症してる間にもどこかそんな自分を冷静に見つめている自分がいる。でも、恭平のことはなんでかな、すぐにわかって、見つけたよ」
「なる。個人精神療法の最後の砦ってわけだ。しょうがねーな、それなら俺がお前のかるたしすになってやるよ」
「カタルシスな」