「…ごめん、なんて言っていいんだか…話についていけなくて言葉にならん」
「いいと思いますよ、恭平さんはそれで」
拓真は微笑む。
「でも僕にとっては。
忘れたくない、とても大切なことなんですよ」
ちんぷんかんぷんとは、まさにこのこと。
その横顔を追いつかない頭でしばらく眺めていたら、思い出したようにぱっ、と拓真が振り向いた。
「あ、あとそれ借り物なんで用が済んだら持ち主に返しておいてもらってもいいですか?」
「え、いいけど。持ち主って?」
そこでびゅう、と病室の窓を、強い風が叩いた。ガタガタ、と揺れる窓に一瞬気を取られつつ、拓真に焦点を戻す。
「…意外な相手だな。わかった、返しとく」
「よろしくお願いします」
ぺこ、と相変わらず律儀に頭を下げる拓真に手を挙げて、俺は病室を後にした。
☾
「やきょうしょう…」
自分の病室へ戻る道すがら、耐えきれなくなって道端で本を開いた。壁に半身を預けて医学書のページを捲る。目次から目当ての項目に飛び、指で全く読ませる気のない小さい字を追っていると、次第に目が細くなる。
「……だーめだ活字見てると五分で眠くなるな」
「音読してやろうか」
「え、あー助かります。でもこれ自分の勉強なん、でっ!?」
肩口から覗き込んできた人物にビビってまたも大袈裟に飛び退く。両手で本を持つため松葉杖を置き、横着こいて片足を上げていたのでバランスを崩したが、幸いにも真横が壁だったので半身をぶつけるだけにとどまった。
目元にかかるざんばらの前髪に左目下の泣きぼくろ。背中まで伸びた黒髪を翻し、ミオは目を細めた。
「拓真から聞いた、恭平が探してたって。なんか用事?」
「いや、用事ってほどのもんでは…」
単に昨夜のこともあっていっぺん顔合わしたかったとか、若干気まずかったとか。あれこれ考えてしどろもどろしていると、ぱっと医学書をかすめ取られる。