手術は夕方かららしい。
検温の合間、悪夢に魘されたと言えば怖かったねぇなんてそれっぽい同情ののち、「あ、ちなみに今日手術あるから」とついでみたいにレオナちゃんからそう報された。
その辺の話は俺のいないところで動いていたのかもしれないが、患者が当日になって手術を知るってどうなんだ。威信というか、この病院はそういう決定的なところが欠落しているみたいだ。
くだらない茶番が終わり、散り散りになるみんなを見届けながらふと“その姿”を探す。すると拓真の車椅子が視界に入ってきた。
「…なあ、ミオは?」
「ミオさんなら検査があるとかで朝早くに出て行きましたよ。伝えておきましょうか」
「いや、いい」
内心、ホッとした。手術のことを報告しに来たとは言え、今朝方あったことの手前ミオにどんな顔をして会えばいいのかわからなかったからだ。
酷いとは思う、我ながら。「力になろうか」なんて口先だけで提案して、いざ目の当たりにしたら怖気付いてしまうなんて。
たぶん傷つけた。
切なげに笑ったミオの顔が瞼の裏に焼き付いて離れない。そう、口先だけでは人間なんだって言える。難しいのはそれを行動に移すことで。じゃあどうすればよかったんだ、と自問自答を繰り返す折、三度心配そうにこっちを見上げてくる拓真と目が合う。
そこでふと閃いた。
「…お前、医学書持ってたよな」
「え? あ、はい」
「いいこと思いついた」
「“勉強熱心”って。僕のこと言えないですね」
病室の本棚に置いてあった医学書を取ると、拓真はそれを俺に託す。受け取れば腕にずしっとくるような見た目通りの重厚感に、パラパラと数ページ捲ってはぱたんと閉じて小脇に抱える。
さんきゅ、と礼を言えば拓真はベッド脇で「いえ」と左右に首を振った。
「でも、盲腸って恭平さんが下調べしなきゃいけないほど難しい手術じゃないですよ?」
「俺のじゃなくて別件に使う」
「別件って、もしかしてミオさんのことですか?」
はぐらかすまでもなかった。
突如核心をつかれてクールにやり過ごすことも出来ず。露骨にたじろぐ俺に、拓真はくすくすと笑う。